第16話 姐さまに心配された

 宿に戻って、傷口を水で洗う。

 【部屋】からハンモックを取り出して寝っころがる。

 ゆらゆら揺れて、心地よい。

 これならすぐ寝れそうだ。


 ぽかぽか陽気に包まれて、私は眠りについていた。


「モカ! モカ! その傷はどうしたんじゃ!」

「月夜さん。そんなに揺らすと危ないですよ」


 ハンモックを揺さぶられて目が覚めた。

 ハンモック揺らされたら落ちるって。真羽さんの言う通りだよ。


「あ、おはようございます」

「おはようじゃない! その傷はどうしたんじゃ」


 自分の傷をみてみる。

 だいぶ治っているが、まだ跡が残っている。

 まぁもう少し寝たら治るだろう。


「これは、その、色々揉めて……。大した傷じゃないので、寝てたら治りますよ」


 それこそ修行でついた傷と一緒だ。

 寝りゃ治る。しらんけど。


「そんなことを言うとる場合か! 真羽、救急箱を。炭花に治癒の付与の準備を」

「ここに。月夜さん。落ち着いてくださいね」

「いくら指示が的確でも焦りが声色ににじみ出ているにゃあ」


 姐さまの声はいつもより語気が強く、早口だ。

 姐さまでも焦るのだなぁ。

 なんてのんきに考えてしまう。


 漫画で見た姐さまはいつでも余裕がある大人の女性といった風でかっこよかった。

 クールな真羽さんとは違うかっこよさがあった。


 姐さまは真羽さんを守るため、自分が囮となって死ぬことを決めた時、慌てることなくただ静かに自らの運命を受け止めていた。

 敵に追い詰められ、自死を選ぶ時も精神的な余裕がみえた。


 姐さまは最後、刀で自らの喉をついて死んだ。

 白い首筋に黒金の刃が突き刺さり、赤い血が流れ落ちたその時でさえ姐さまは、ほほえんでいた。

 死んでもなお真羽さんたちを見守るつもりなのかと思った。それくらい、優しくほほえんでいた。


 その姐さまが今こうやって私のために乱れているのだ。

 大切にされているのだと感じた。

 いや、大切にされすぎている。


 数ヶ月ともに過ごしたとはいえ、私はただの商売仲間。金のつながりだ。

 ここまで大切にされるのは普通じゃない。


 私に怪我されて困るようなことでもあるのだろうか。

 まさか私を売る?


 でもそれなら訓練だって止めさせるはずだ。

 何より真羽さんと炭花ちゃんは大して焦ってない。

 この怪我をみたときのフツーの反応って感じだ。


 姐さまだけが焦ってる。

 これは本気で心配しているのだろうか。

 あの姐さまが、私なんかに、乱されているのか。


 めちゃ自意識過剰な気がする。

 でも、百人に聞いたら百人が心配されてるというだろう。

 信じがたいが、推しに心配されちゃってるのだ。

 ……推しに心配されているのか。

 不思議な感覚だ。


 元々はこっちが一方的に反応するだけだった。

 今まではぬくぬく平和に生きてたからのんびりな感情しか受けていなかった…


 だからこうも揺さぶられるような激しい想いを当てられて、変な感じがする。

 元気がありあまってる筋肉マッチョがある日ある時急にかわいくておとなしめの少女になるくらいの違和感だ。


「姐さま。もう大丈夫ですので」


 治療が終わっても離れない姐さまに声をかけた。

 真羽さんなんて買い出しに行っている。炭花ちゃんも部屋に戻っている。それなのに姐さまはまだ私の手を握ったまま動かない。


「あまり心配させるでない」


 ああ。まただ。また私でない誰かを見ている。

 目が合わない。

 私もいい加減にさみしくなってきた。

 こっちを見てほしい。


「姐さまは誰を見ているのですか?」


 姐さまは少し驚いたような顔をした。

 そしてため息をつき、ようやく私を見てくれた。


「モカに見破られるとはわっちも衰えたものじゃのぅ」


 姐さまは私が横になっているベッドのふちに座ると、何かを懐かしむように窓の外を見た。


「モカはわっちの死んだ妹に似ているのじゃ」


 確かに姐さまは漫画で死んだ妹がいると話していた。

 でも、姿が私に似ているとはこれまた不思議なことだ。


「そんなに似ていますか」


 正直言って、私は二次元の人間ほど美人ではない。コスプレするはいつも加工が命だった。

 ……自分で言って悲しくなってきた。


「モカと妹は瓜二つじゃ。先の其方の姿が妹の死体と重なって見えて、つい」

「いつも、ですよね」

「隠し事は得意なはずだったんじゃがのぅ。モカは聡明な女じゃ」姐さまは諦めたように全てを話してくれた。「すまぬのぅ。自分と他人を重ねられるつらさはこの身をもって知っているはずなんじゃが、どうも上手くいかなかった」


 謝られて、姐さまも人間なんだと思わされた。

 どこか姐さまは完璧で失敗などしないと思っていた。

 でも姐さまは私に妹を重ねていることを隠せなかった。

 そんなところがいとおしく思えた。


「私は姐さまのような素敵な女性と一緒にいられるだけで幸せなので、別にかまいませんよ」

「ありがとう」


 今まで姐さまは私の中で天使だった。でも、今は少し違う。

 自分と同じ人間だとはっきりわかってしまった。

 だから月夜姐さまに向ける気持ちもかわった気がする。


 尊いというより、好きだ。


 姐さまが推しではなく思い人になってしまった。

 どうしよ。

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