第12話 🌸炭花はお話が得意

 ──炭花の視点。


「待つのにゃあ〜!」


 墨花は盗人を追いかけていた。

 盗まれたのはエスカレーターの模型。

 特に希少価値のあるものではない。

 Eランクの依頼でも作ってもらえるだろう。


 なぜそのようなものが盗まれたか。

 答えは簡単だ。


「この【オート教】信者が! 逃がさないにゃあ」


 【オート教】は自動で動くものに神が宿っていると考える宗教である。

 エスカレーターもその信仰対象の一つである。


 この世界は信教の自由が保障されているので、基本的にどんな宗教を信じても自由だ。

 もちろん勝手にエスカレーターなどを信仰していても自由である。


 だが、他人の権利を侵害した時点で宗教団体から犯罪組織に変化する。

 この宗教は面倒なことに自動がつくもの、またそれに関するものを集めて神殿に祀る。そのためなら盗みどころか殺人もする、酷い犯罪組織だ。


 なお、その神殿はまだ見つかっていない。

 神殿の存在でさえ、最近女性による拷問によって吐かせた貴重な情報なのである。


「捕まえたのにゃあ!」


 墨花が盗人を掴んだ。

 素早く縄を取り出して、縛り上げた。

 掴んでから縛るまで僅か1秒。

 だが。


「【オート教】は永遠なり!」


 盗人はそう叫けび、事切れた。

 残ったのは墨花が使った縄のみ。


 盗人は死んで、消え去った。


「にゃぁぁあああ! また逃げられたにゃあ」

「そっちもか」


 真羽が魔法銃を片手でクルクルと回しながら歩いてきた。

 酷く疲れた顔をしている。


「何時間も狭いところで待機して、成果がないとしんどいよな」

「成果にゃしは、悲しいにゃあ」


二人はうなだれながら月夜のもとへ向かった。


「またボウズかぇ」


 月夜は気絶した盗人を引きずっている。

 重そうだ。


「すんません、月夜さん」

「難しいにゃあ」

「まぁ今回のはすばしっこいから仕方ない。また頑張れば良い」


 月夜が炭花と真羽の頭をぽんぽんと撫でた。


「炭花。この男を拷問にかけるのを頼んでも良いか?」

「わかったにゃあ!」

「真羽はわっちと共に報告にいくぞ」

「はい。月夜さん」


 炭花は二人を見送ってから盗人を拷問部屋まで引きずっていった。


 拷問部屋は冒険者ギルドの地下にある。

 裏口から地下への階段を降りる。

 炭花は階段でも盗人を引きずっている。

 成果ゼロで腹が立っているから仕方がない。


 階段を降りた先には薄暗い部屋がある。

 光源は蝋燭のみ。通気口からよく冷えた空気が入ってくる。


 盗人を放って入り口を閉めると、部屋の中はいっそう暗くなった。


 炭花は蝋燭の灯りを頼りに盗人をに拘束した。

 木の椅子と言っても炭花のスキルのおかげで鉄よりも硬く丈夫だ。


 炭花はまず、盗人の腕を縄で椅子に結びつけた。

 次に足を片方ずつ椅子の足に縛りつけた。

 最後にお腹の辺りでクロスするように縄を回し、椅子へ結びつけた。

 仕上げにスキルで縄を固めれば完了だ。


 盗人はもう逃げられない。

 身じろぎ一つできないほどしっかりと拘束されている。


「さて。今日は何を使おうかにゃあ」


 炭花は楽しげに拷問道具を眺めている。

 手足を引っ張る道具、首を引っ掛けて吊り下げる道具、足に重しを置く道具。

 炭花の前職を思わせる、暗い闇をまとった道具が並んでいる。


「今日はこの子にゃあ!」


 炭花は苦悩の梨を手に取った。人間の穴を拡張し、内部から破壊する拷問道具である。

 綺麗な装飾の施されたそれは一種の芸術品のようにも見える。

 だが、それは口、鼻、耳、肛門などありとあらゆる穴を広げ、悲鳴を聞いてきた闇の道具なのである。


 炭花は盗人の口に捩じ込み、ネジの部分と時計の秒針を結んだ。


「これでセット完了にゃあ」


 炭花は盗人を叩き起こす。

 盗人が鈍い悲鳴をあげて目を開く。


「そのアンケートに答えるにゃあ」


 盗人には粘着の効果を付与した鉛筆とバインダーを渡してある。

 暴れても飛んでいく必要がなくて便利だ。


「それを書き終わったら外してあげるにゃあ。はやく書くのにゃあ」


 それだけ言って墨花は椅子に座って目線を合わせて盗人をみつめる。

 一言も話さず、物音ひとつ立てずに盗人を見つめる。

 静かな部屋に秒針の音が響く。


 カチ。カチ。カチ。カチ。


 その音は恐怖となってじわじわと、しかし確実に盗人を蝕む。


 盗人は暗闇にある何かに助けを求めて視線を彷徨わせる。

 だが視界にあるのは蝋燭の光で照らされた拷問道具たちのみだ。

 闇を纏った道具たちが静かに自分の順番を待っている。


 突然、盗人の体がぴくりと跳ねた。


 おそらくアイアンメイデンと目を合わせたのだろう。

 アイアンメイデンは何を伝えるでもなく無表情でじっとしている。

 薄暗い中、目の前で拷問が行われているこの状況では普段以上に不気味だ。


「アンケートに答えたらその恐怖は終わるにゃあ」


 炭花がふと口を開いた。


 地獄のようなこの空間にあらわれた救いの言葉は盗人の耳にすっと入った。

 すでに体の指揮権を恐怖に受け渡した盗人はアンケートに目を通し始めた。


 盗人の手は可哀想なくらい震えている。

 それでも少しずつ、答えが書かれていく。


 ようやく最後の解答欄が埋められた。

 炭花は秒針につながっている糸を切った。


「お疲れ様にゃあ」


 炭花はさっと首を絞めて盗人の意識を奪った。


「後はギルドに任せて帰るにゃあ」


 墨花はモカの待つ宿へ戻った。

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