第8話 マカロンはともかくミスった

 【部屋】から出てしばらく待っていると姐さまたちが帰ってきた。

 甘い匂いがする。これはまさか……!


「ただいま、モカ。マカロンを買ってきたぞ」

「一緒に食べようにゃん!」


 マカロンだぁああ!

 私の大好物である甘味。その中でも特に大好きなマカロンだ!


「これがモカちゃんのぶん」


 箱ごと渡された。

 まさか、一人一箱だと……!


 幸せを噛み締めながらありがたくいただく。

 まずは「桜」からいただく。

 優しいピンク色だ。


「あっまい!」


 口の中に甘さがふわふわっと広がっていく。

 春の香りもふわふわっと広がっていく。

 日本の春を感じさせる素敵なマカロンだ。


 姐さまたちも幸せそうに食べている。

 良かった。


 お次は「向日葵ひまわり」を食べる。

 あたたかい黄色だ。


「あまじょっぱい! 面白い!」


 マカロンらしく甘いのだが、そこに付いてきたしょっぱさが潮風を思わせる。

 あっつい風に吹かれてやってきたであろうひまわりの香りまでしてくる。

 これは夏らしさの詰まったマカロンだ。


 今度は「金木犀きんもくせい」を口にする。

 美味しそうなオレンジ色だ。


「香りを食べてるみたい!」


 口に入った瞬間、金木犀の甘い香りが広がった。

 口の中が一気に秋へと移り変わった。

 舌が芋や栗を求めてるくらい秋な驚きのマカロンだ。


 最後は「椿」をぱくり。

 溶け落ちそうな赤色だ。


「お上品な味がする!」


 控えめな甘さが美しくていい。

 雪の降る庭に咲いているときのようなお淑やかな香りもする。

 静かな冬が美しく表現されたマカロンだ。


「こんなに美味しいマカロン初めて食べました!」

「わっちもじゃよ。其方のおかげで金銭的な余裕ができた。ゆえにこんなに美味しいものも食べれた。今日のは些細なお礼じゃ」


 姐さまに抱き上げられ膝の上に乗せられる。

 子供扱いもすぎるが、推しの膝の上は心地よいのでまあ良いか。


「あ、月夜さんだけずるいですよ!」

「ずるいにゃあぁあ!」


 真羽さんと炭花ちゃんもきて抱きついてくる。

 なるほど。これが、ハーレムか。


 しばらく推しを堪能してから離れてもらった。

 そして姐さまにプレゼントを渡す。


「これ、姐さまにプレゼントです!


 作った簪を渡す。

 蝶々は疲れたのか花の上で休んでいる。


「これは簪かえ?」

「はい! この蝶々が姐さまに似合うと思って」


 姐さまは袖で口を覆って笑っている。


「簪を贈る意味を知っているかえ?」


 贈り物に意味があるのは知っている。

 だが簪の意味は知らない。


「また後で真羽にでも聞くと良い。それより、この蝶はどうしたんじゃ?」

「市場で買いました」

「詳しく」


 姐さまに詰め寄られ、私は一部始終を話した。

 話を聞いて、姐さまたちはしばらく考えた後、すっとその名を呟いた。


「《蝶の婦人会》か」

「何ですか? それ」


 地域の集まりかな?

 盆踊りで踊ってる人たちは確か婦人会の人だった。


「《蝶の婦人会》は蝶が大好きな商売人の互助集団だな。存在が蜃気楼のようで歳いってるのもあって死んでるんじゃないかって話もある。多分死んでないけど」


 真羽さんが説明してくれる。

 生きてるんだ。……多分。

 まぁなかなかレアな体験ができたみたいだし良いか。


「あと、《蝶々さの婦人会》の人が言ったことは100%当たるなんて話があるにゃん!」

「たしか『良いことがある』って言ってました」


 なんかそんなことを呟いていた気がする。


「なるほど。……わかったかもしれない」

「多分そういうことにゃあ」


 真羽さんと炭花ちゃんは何やら納得した様子である。

 二人は賢いからなにか気がついたのかもしれない。


「あの、どういうことですか?」

「ええっと……」

「プロポーズにゃあ」

「ちょっと。炭花!」


 え。あ。私は推しにプロポーズをしてしまったようだ。

 推しに求婚してしまった。推しなのに。推しなのに!


「どどどどどうしましょう」

「モカはどうしたいの?」

「姐さまと結婚したいにゃ?」


 結婚か。推しと結婚? イメージがわかない。

 理由は二つある。


 一つは私が年齢=恋人いない歴である人間。恋愛経験の乏しい人間なのだ。

 だから好きも恋愛も結婚も遠い存在なのだ。


 もう一つは私にとって姐さまは推しなのだ。

 推しと好きは違う。

 私の中の姐さまは憧れの対象であり、信仰の対象である。

 それらと好きは多分違う。

 私は姐さまに恋をしていない気がするのだ。


 だから、結婚という類のものはしっくりこない。


「結婚や恋愛はなんとなく違う。でも、姐さまとずっと一緒にいたいし、姐さまの力になりたいし、姐さまを守れるくらい強くなりたい」

「姉妹みたいにゃあ」

「親愛って感じかな?」


 確かに姉妹のような感じがする。

 でもそれもしっくりこない。


「迷ってるみたいだね」

「まだ会って少ししか経ってないにゃあ。もっとお互いのことを知ればその感情の正体もわかると思うにゃあ」


 確かにそうだ。

 私は漫画という媒体を通してしか姐さまを知らない。

 ノンストップのリアル姐さまは知らない。

 もっと知らなければ。


「ちょっと姐さまに色々聞いてみることにする。二人ともありがとう!」

「頑張って」

「応援するにゃあ」


 二人のおかげで今の自分の状態を言語化できた。

 今日から仕事の合間に姐さまといっぱいお話しして姐さまのことをたくさん知ろう。そして姐さんに自分のことを知ってもらおう。

 この感情に名前をつけるのはそれからでも遅くないはずだ。

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