第6話 納品。そして事件。

 やばい。普通にやばい。


 だが焦ってこれ以上やらかすのはもっとやばい。

 ひとまず落ち着いて納品をしよう。


「おや、さっき登録にきたモカさんじゃないですか。初納品、初給料ですね! 依頼者と納品する品物をここに載せてくださいね」


 さっきも対応してくれた巫女装束に身を包んだお姉さんだ。

 サヤカさんというらしい。

 名札があった。

 やっぱり別嬪さんやぁ。


「はい。これです」


 【部屋】に手を突っ込んでカウンターの上に並べる。

 全部並べるとカウンターの上はいっぱいいっぱいになってしまった。


「まぁ! 凄いです!」


 サヤカさんぴょこぴょこ跳ねてる。

 可愛い。

 おかげで後ろからの「なんだこいつ」みたいな視線も気にならない。


「品質チェックしますね」


 サヤカさんはスプーンを手に取るとものすごい速さでカウンターに叩きつけていく。

 風の渦ができそうだ。


 なるほど。これが職人技か。


「大丈夫ですね!」


 下手な人の品物は簡単に割れるらしい。

 だからこうやって確かめるんだとか。


「初納品で全てクリアとはすばらしいです! これからも品質維持をお願いしますね」

「はーい」


 褒められた。嬉しい。

 これで後ろが彼らでなければ最高だったのになぁ。


「これが報酬とレシートです!」


 大量のmolと手書きのレシートが渡された。

 お姉さん字が綺麗。

 さすがギルドの受付嬢。数々の人間の初恋を奪う人物。

 まぁ私の初恋は月夜姐さまが握っているけどね。


 収入はこんなもんだった。


 

・木のスプーン×30:9,000mol

・木のフォーク×30:9,000mol

・木のナイフ×30:9,000mol

・木のお箸×30:9,000mol

・木の大皿×30:15,000mol

・木の小皿×30:9,000mol

・木のお茶碗×30:15,000mol

・木のスープ皿×30:15,000mol

・木のどんぶり×30:15,000mol

・木のおぼん×30:9,000mol


 合計:114,000mol

 

 かなりの大金が手に入った。

 嬉しい。前世から考えても初のお給料。嬉しい。


 このままルンルン気分で宿に戻りたいが、そうは問屋が卸さない。


「お嬢ちゃん。さっきぶつかってきたよな」

「わたくしの顔に傷がついてしまいましたわ。どうしてくださるの?」


 なんだろう。口調がうざったらしい。


 顔に傷がついたとか言いやがるおばはんは周りに男をはべらして偉そうだ。

 いうならば……オタサーの姫?

 なんか違うか。オタサーのオタ側だった私にはわからない。


「ぶつかったことは謝ります。すみません。ただ、あなたのお顔は綺麗に整ったままで傷があるようには見えませんけれど」


 変な言いがかりをつけられて困っちゃう。

 周りの野郎どもは元から傷だらけだったが、姫さんには傷一つ見当たらない。


「ここよ! あなたの目は節穴かしら」


 いやぁ。推し以外はよく見えてないですねぇ。


 なんて脳内で煽りながら考える。

 そうだ!


「サヤカさんはどう思います?」

「今日も綺麗な顔をしていると思いますよ」


 心のこもっていない声で返事をされた。


「あ、るなら外にしてくださいねー」


 わお。物騒!


「あぁ。すまんな。おい、行くぞ」


 ムキムキさんに襟を掴まれ引きずり出された。

 なんかやばそーだなー。

 やっぱり逃げよ。


 私は外に引きずり出されたタイミングで掴んでいた腕を振り払い、街中へ逃げ出した。

 今は相手にも余裕があるのか追いかけてくる。


「おいコラ! 待ちやがれ! この小娘がぁ」


 追手がうるさい。

 私は全速力で走る。あんまり体力はないけれど、痛いのは嫌いなので走る。走る。走る。


 どんどん走って市場の人に紛れて走って、走って、走り続けた。


 追手は減ったが、まだきている。

 もっと逃げなければ。


 だが流石に半引きこもりの中学生。

 体力なんてミジンコほどしかない。


「あ、むり。息が苦しすぎて窒息しそう」


 自分でも意味のわからないことを喚きながら走っているとよく知っている声が聞こえてきた。


「尻尾がねとねと気持ち悪いにゃあ」

「帰ったら洗わんといかんのぅ」


 姐さまたちだ。

 私は声のする方へ向かった。


「モカ!」


 姐さまが抱きしめてくれる。 

 汗のいい匂いがする。あ、やばい。幸せ。


 いい匂いに安心して足から力が抜けた。 


 正直、怖かった。

 見知らぬ土地で、知らない人に追いかけられて、怖かった。


 だから知っている人に会って安心した。


「おい! お前……ん? なぜ月夜が此処に。まずい、逃げるぞ!」


 追手は散り散りになって逃げていく。

 やっとどこかへ行ってくれる。良かった。


 と思ったら姐さまたちがおいかけていった。

 あっという間に追いついてボコボコにしてしまう。


「炭花。この縄固めてくれるか?」

「任せなさいにゃん!」


 炭花ちゃんが縄に触れると縄が鈍く桃色に光って、鉄の鎖に変化した。

 これが彼女のスキルか。


「クソ! クソ! クソ!」


 捕まった追手たちは悪態をついている。


 姐さまがへたりこんでいる私の元にやってきた。そして袖でそっと目を覆った。


「見てはならぬぞ」


 幼い子をあやすような声で姐さんがいった。

 暖かくてぼんやりしてくる声だ。

 視界を塞がれたおかげで姐さまの良い匂いが強くなる。ぽわぽわする。

 意識がぼんやりしていく。


 私のぼやぼやは、ある雑音によって引き戻された。


「ひぃ、い、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔だ。

 誰が手を下したのかはわからないが、おそらく追手が死んだのだろう。

 きっと綺麗な地面には死体が転がっているのだろう。


 姐さまが離れて視界が開けた。

 目の前あったのは炭花が作った鎖だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る