第5話 🌙月夜はモカのことが心配

 ──月夜の視点


 ダンジョンの入り口。月夜は口を開いた。


「真羽よ。モカは一人で大丈夫だと思うか?」

「彼女はしっかりしてそうなので大丈夫ですよ」


 確かに彼女はしっかり者である。だがまだ幼い。

 不安になる。


「炭花よ。モカは一人で大丈夫だと思うか?」

「姐さま。彼女の能力にゃらあっという間に依頼を終わらせちゃうにゃあ!」


 確かに彼女の能力は有力だ。だが彼女は頭がちょっと弱い。

 不安である。


「やっぱり見に行っては駄目か?」


 不安で不安で仕方ない。


「月夜さん。いくら彼女があなたの妹に似ているからって、依存や束縛は良くないですよ」

「姐さま。過保護にゃあ」


 自分でも痛いほど理解している。


 モカは死んだ妹にそっくりだ。

 黒い髪も、明るい性格も、全てが妹そっくりなのだ。


 月夜の妹は天真爛漫な性格で皆に愛されていた。

 いつも笑顔で、元気で、時々泣いてもすぐ立ち直る。

 誰かが困っていれば必ず手を差し伸べる。自分の手に負えないことなら周りの大人に助けを求められる。

 そんな強くて優しい子だった。


 月夜の妹は器用で、町の何でも屋のようなことをしていた。

 妹は大掃除から料理にスマホの修理まで何でもできる。

 依頼人からいつも感謝されていた。

 そういう時は照れくさそうに笑うのだ。その笑顔が、周りを幸せにしていた。


 ただ……暗殺の仕事もしていたようだ。

 町で悪さをする人たちをやっつける良い仕事。

 妹は遺書でそう語っていた。


 遺書はかなり前に書かれたものだった。

 おそらく暗殺の仕事を始めた頃に書いたのだと思われる。


 妹はいつ死んでもおかしくない仕事とわかっていながら暗殺の仕事をしていたのだ。

 全ては、町の安全のために。


 本当に立派な妹だった。


 だが妹は重役を殺したことでとある組織に恨まれ、殺された。

 両手足を縛られ、吊され、衣類を剥がれ、髪を引きちぎられ、腹に鉄杭を刺されて死んでいた。下手な拷問の痕もあった。


 可愛らしく美しい妹は酷く無様な姿にされてしまった。


 月夜は、それが悔しくてたまらなかった。

 だから復讐のためにマフィアに入った。


 月夜の復讐は叶えられた。

 あの組織を壊滅させた。

 妹を殺した幹部も、妹よりもむごいやり方で殺した。

 だが足りぬ。


 あの悪党どもがこの世界に転生したのならば、必ずこの手で殺す。

 何度も。何度も殺してやらねばならぬ。

 幸い、この世界は死んでも一週間ほどで復活する。

 つまり、殺し放題なのだ。


 だから月夜は旅のかたわら悪党どもを倒して回っていた。

 妹を殺した幹部以外は見つけて一回以上殺している。

 あの幹部だけは見つかっていないが。

 噂によれば要注意団体の団長をしているのだとか。


 月夜は主犯が見つからない苛立ちも込めて悪党どもを殺していた。

 あの馬鹿どもを刺すたびに、殴るたびに、妹を思い出す。


 その妹の生き写しのような人物が目の前にいるのだ。

 月夜が多少過保護になってしまうのも仕方ないこと。


「月夜さん。せめて、モカさんと妹を重ねていることは隠してくださいね」

「モカが傷付いちゃうにゃあ!」


 そのことは月夜がよくわかっていた。

 相手が自分を通して自分でない誰かを見ていると知れば傷付くだろう。

 実際に経験があるのでよくわかる。


 妹の死後、両親は月夜に妹を重ねて見ていた。

 月夜が何をしようとも妹の話ばかりする。そんなことがあった。

 あれはつらかった。


 だからこそ決してモカに知られるわけにはいかない。

 愛しいモカを傷つけたくないのだ。


 もちろん月夜の演技力は一般人に見破れる程度のものではない。

 これでも元マフィアの幹部まで登りつめた人間だ。


 これくらい騙せず、どうするんだという話だ。


 もし、モカはモカのいう目で見ることができたら良かっただろう。

 だが月夜はモカのことをほとんど知らない。

 ゆえに、どうしても良く知っている妹に重ねてしまうのだ。


「姐さま、集中するにゃあ。怪我するにゃあ」


 確かに危ない。ここは魔物の巣食うダンジョンの中だ。

 気を抜けば魔物に食い殺される。


 月夜は鞭の柄を握った。

 念じると先端から光線が出て、縄状の鞭が現れる。


 ゴブリンと思われる魔物に向かって鞭を振るう。

 鞭が魔物の体を引き裂き、魔石に変えていく。


「さすが月夜さん。気が抜けていても強いですね」

「気が抜けとる、は余計じゃ!」


 向こうで十年生きて私の年を抜いたと思ったらこれだ。

 すぐに調子にのる。


「ちょいと痛い目にあってもらわんといかんのぅ」


 月夜はスキルを解除した。

 月夜のスキルは【影使い】──自らの影を操る能力だ。

 先程までこのスキルで周囲に針山を作り、二人の護衛をしていたのだが、それを解除した。

 さて、何が出るか。


 しばらくすると似たようなゴブリンと共にスライムの大群がやってきた。


「ふにゃあ? にゃ! 尻尾ぬれたにゃあぁぁ!」


 おっと。墨花が巻き添えになってしまった。

 可哀想なので【影使い】で墨花の周りだけ守っておく。

 一応は鉄扇で襲ってきた魔物を殴りはするが、基本は真羽に任せる。


「月夜さん。お着物が汚れないよう気をつけてくださいよ!」


 真羽は革靴で蹴り上げたり踏み潰したりしてスライムを潰す。

 同時に魔法銃でゴブリンも蹴散らしている。

 器用な子だ。だが。


「うぉ、あぶな。本当に気持ち悪いな、こいつら」


 真羽が後ろから襲ってきたスライムを銃身で殴り飛ばす。

 だがその隙にゴブリンが襲いかかる。

 それに対処していればスライムが袴を汚す。


「うぎゃ。ちょ、月夜さん助けてください!」


 これくらいにしておくか。

 月夜は全ての魔物を鞭で薙ぎ払った。

 魔物が切り裂かれ、気持ちの悪い断末魔をあげる。


「やっぱり月夜さんにはかないませんね」


 真羽はそう笑う。


「真羽は頑張ったらもっと強くなるにゃあ」

「そのうちわっちを追い抜いて、英雄になりそうじゃのぅ」

「そうなれるよう努力します」


 将来が楽しみだ。きっといつか自分の目が届かないところまで駆けていくのだろう。

 でも、それまでは大切に育てたい。

 かつてのような失敗はしない。

 もう、大切な人が殺させない。

 月夜はそう誓っている。


 真羽の袴と炭花の尻尾が濡れたので、一度引き返すことにした。

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