きのこ狩り
孤児院の生活は、時計に例えることができる。孤児院が、長針で、町が、短針だった。その間をぐるぐると、秒針の孤児達が巡る。規則正しく、休むことなく、ぐるぐると巡る。
――起床、
――掃除、
――食事、
――基礎学科、
――社会実習、
――休憩、
――
――就寝、
全てが、時計盤の数字だった。
その日、ルシは、社会実習の一環で、森へ行った。森の一角を、孤児院が所有している。そこが、
新緑のステンドグラスがざわめいて、光と影の中間の色が、やわらかな
ルシも、家族同然の、十四才の孤児達の輪の中で、喋って、遊んで、散策をして、しばらくすると、いつもゆく場所へ、一人足を運んだ。
古城の跡地。
高らかな柱、崩れている石垣、そんな朽ちてゆく遺跡が、過去の栄華の残光をくすぶらせながら、草の間で眠っている。いくらか、木の伐採が行われている。光が多く、丘も高く、そんな跡地を、風が巻いてゆく。ひときわ、巨大な石材が、土の中で半分植わって、
「ルシ、また、ここなの?」
と、少女の背後から、声がする。純白のエプロンが、やや土で汚れている。茸の選別で、汚れたのだろう。カスペリア孤児院の、若き院長――、つまり、ルシの伯母が、丘の草を伝って、巨大な石材の上へ、歩いてくる。初夏目前の、適度な陽気であたためられた石の感触が、冷徹な日向だった。ルシの横で、腰を据えて、同じく足を宙へ放って、渓谷を――、町を眺めるジョーン。頭巾でまとめられた、
「ここ、不思議な場所よね」
と、ジョーンが口を開く。
「昔、王様が住んでたんだと思う。そして、滅んだ」
と、ルシが呟く。
「うん、そうね」
と、ジョーン。
熊蜂たちの羽音が、平和な沈黙を運ぶ。
「ねえ、ジョーン。なんで、そんな
と、ルシが訴える。
「あなたにも、素晴らしい髪が、あるでしょ?」
「これ、売れ残った絹みたい」
と、ルシが、髪をなでながら言う。
艶が乏しく、くすんだプラチナ・ブロンドの、なめらかな波が、その貝のような形の耳を、そっと包んでいる。
「それ、多分、あなたのお父さんの血よ」
と、ジョーンが言う。
「知ってるの?」
「知らない」
と、ジョーンが答える。
「前も言ったように、一度も、あった事がないの」
「ねえ、お母さんの話、して?」
と、ルシが頼む。ジェーンが、微笑む。
「あの孤児院で、育ったんだけれど、姉さん、
と、ジェーンが、遠くでそびえる孤児院の棟を見ながら言った。
「お母さんは、お
「私たち、孤児でもなくて、院長の子だったけれど、関係なく、怒られたなあ。いい教育方針だと思わない?」
と、ジョーン。
「だから、私も、みんなと生活するのね?」
とルシ。
「カスペリア家の伝統ね」
そう答えるジェーンの口角が、微妙な形をえがく。
「……私は、ファウエル。顔も知らないお父さんの名前」
ルシが、独りごちる。それが、会話の門の閉ざされた、孤独なひびきを含んでいる。
「最後、あなたのお母さんと会った時、あなたを抱えていたわねえ」
と、ジョーンが、遠くを見ながら淡々と述べる。
「数年間、音信不通だったの。現われたと思ったら、あなたを抱えてた。ファウエル――、スペルのつづられた手紙が、おくるみの中で、挟まってたわ。その名前が、あなたの出生の、唯一の手がかり……」
そこまで言って、ジョーンが黙った。涙をこらえているんだと思う。ルシは、悟った。そして、沈黙を守った。ジョーンは、明るく、気丈で、感情豊か。その豊かさを壊すことが、言葉だった。感情の舟をとどめるための、海底の
「でも、あなたは、立派なカスペリア家の一員よ」
ジョーンのふるえる声が、哀しみ一滴交えることなく、そう言った。
オパールの目 @inugamiden
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