オパールの目
@inugamiden
カスペリア孤児院
「オパールの目」
一章
黄昏の光が満ちている。やわらかな金色の光が、迫りくる夜の、砂のような影を包み込んでゆく。無数の植物の胞子がただよいながら、そんな光と交わってゆく――、
そこは、森の中。
無数の木立が並びながら、深い影の中へ、格子を与えている。そんな木立が消え、視界のひらかれた場所――、
なだらかな丘を包む草原が風の道をえがきながら、いくつも、遺跡の残骸を含んでいる。含んでいる――、つまり、巨大な柱や、崩れ落ちた壁、床の基礎や、階段などが、土の中で半分埋まって、顔を出している。そんな遺跡を包みながら、野花が咲き乱れている。
その遺跡の――、
一郭、
円形の石の広場の上――、
一人の女性が佇みながら、虚空を見ている。戸惑った声が、
「アナ、どこなの?!」
と、ひびく。
黒色のブラウスとスカートが、一体に見える。そんな服の上から、紺色のケープが被さって、純白の紋様を刻んでいる。火焔色の髪が渦を巻きながら結ばれ、そのやわらかな光沢が印象的だった。肌は白く、新雪のよう。
雪原を歩く白狐――、
そんな美貌が、冷ややかだった。
ただ、唯一、緑色の双眸が、人間味を感じさせる。光に満たされながら輝く若葉の波のような色の、一対の瞳、
ジェーン・キャスペリアは、声をややふるわせながら、ふたたび、
「アナ、どこ?!」
と叫んだ。
返る声はなく、やわらかな金色の光に包まれた虚無の中へ、彼女の声が溶けてゆく。森の上空を支配するアメジスト色の夜のヴェールが、残照と交わってゆく。
ジェーンは、顔を歪めたあと、ケープの懐の中へ手を入れ、封筒を一通、とりだした。中身の便箋と地図が各一枚、小さな手の中に収まる。印刷物の地図は街の郊外の森の中の遺跡の場所を、赤色の丸印で囲まれ、便箋は丸印の場所で落ち合う時刻と人物の名前が記されている。
ジェーンは、それら物証を確認したあと、古代文字の解読に失敗した考古学者のような顔で、虚空を見つめた。
「姉さん……」
と、ジェーンが呟く。
そんな彼女がうなだれた……途端、
~、
~~、
~~~、
かすかに、
大地が、
ふるえている、
そう気がつき、ジェーンは、顔を上げて、漠然と周囲を見た。地震……、地響き……、違う……、
その大地の拍動は、無機的なリズムを拒否して、どことなく、有機的なリズムを刻んでいる。そして、その音が、どんどん、速まってゆく……、
無数の鳥の影が帯をえがきながら、残照の中へ、粗布のようなシルエットを流してゆく。
巨石が転がって落ちてくるか、象の大群の暴走か、そんな迫真の音と震動が、鬼気迫る……。
ジェーンは、本能的に身構えた。
やがて――、
森の一部が、
消し飛んだ。
まるで、上質な生地が急速に綻んで、その糸を、誰かが巻き取ってしまったようだった。その森の削除された部分が、空を舞って、バラバラと落ちてくる。
遠近感が、
その木っ端のスケールを、刻々と変えてゆく。
木っ端が……、
折られた枝へ……、
折られた枝が……、
即席の丸太へ……、
その変貌は、またたくまだった。
そんな、破壊の痕跡をふりはらうような仕草で、一体の大きな影が、うごめいて、空中へ躍り出た。
即席の丸太が、へし折られ尖った断面を大地へ突きさしながら落下する中、その巨体が丘を疾走して、ジェーンへと、迫ってゆく。
大地に埋まる遺跡の柱を、腐った灌木のごとく、易々と粉砕して、草原をすべりおりてくる巨体の正体は……、
熊だった。
通常の熊の、
何倍も大きな体長。
銀糸で織られたような体毛が、黄昏の光を裂きながら、輝く。その巨体が、ジェーンの眼前に聳え、四足歩行から、二足歩行へ、ささやかな切り換えが行われるころ、無数の若葉が、一人と一頭の上へ、ザワザワと降ってきた。
ジェーンは、怯えることも忘れ、その巨体を仰ぐ。
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