第一話 名無しの『村』

 その時代、ある荒野に酷く騒がしい、あばら家のような家々が所せましと立ち並ぶ『村』があった。

 村と言ってもそこには名前のようなものはなく、ただ人が大勢集まって、その結果村のようになってしまっただけのものだ。

 実際、立ち並ぶ家々というのは民家ではなく、薄い粥やら肉魚の焼いたのやらを売る店であったり、奥まったところでは盗品と思しき高価な絹の服や刀剣、時には女子どもも売られていた。

 野盗に罪人、咎があろうがその『村』は何者をも拒まなかった。御上の目の届かない、法外な者らのたまり場である。

 故に、その『村』には確かな名は無かった。名が有ればそれは御上へ届き、怪しい者ばかり詰め込んだ無法の『村』など、いずれ焼かれよう。それをよくよく知っていたからこそ、その『村』を根城とする者たち——なにか、後ろ暗いものを背負う『村』の者たちは皆、そこをただ『村』とだけ呼んだ。

 荒ぶ時代、各地にこのような名無しの『村』があったのだ。

 荒野にぽつんと在るその『村』は、傍からはまるで瓦礫の山のように見えた。空を飛ぶ鳥からも、やはり瓦礫の山と見えただろう。

 出入りに使う一か所を除き、気休め程度に周りをぐるりと薄っぺらな木の板で囲んで、中には木の板を寄せ集めただけの掘っ建て小屋がすしのようにぎちぎちとひしめき合っている。小屋は頻繁に潰れ、そうして空いた場所には我先にと瓦礫の片付けもしないまま——この土地はだれそれのものといった決まりごとが無い為に、小屋を建てたもの勝ちである——また新たな小屋が立てられるので、村の内側というのは外側よりも幾分高くなっている。

 中では薄汚いのに混じって、時折上等な衣を着てた侍なども闊歩していた。そこは活気に混じって世の中のほの暗いものがわだかまっているのだった。

 そんな『村』の入口あたりに、奇妙な男の姿があった。

 何が奇妙かってこの男、名は八景はっけいと言うのだが、身の丈が六尺はある。そのくせひょろひょろとした情けない様子で、着ているぼろと相まってまるで枯れ木のようだった。ぎょろぎょろと目ばかりが大きい、間抜けな髭面の男だった。

 そんな男が団子屋——これは嵩増しに石が入れられていることがあるので、油断してガリっといくと歯が欠ける——の表に出されている傾いた縁台に腰かけて『村』に出入りする人の波というものをぎょろぎょろとした二つの目玉で眺めている。座っているというのに、頭の高さが歩くものらと変わらない。

 すると、入口の方からなにやら仰々しい一団が入ってきた。何頭もの馬に荷物を引かせている。それがぞろぞろと蛇の尾のように長く続いている。見るに、商人の一団か。

 この『村』にはこうして、他の町へ行く旅人や商人が寄り付く。何もない荒野といつ襲ってくるとも知れぬ魔物の脅威で疲弊した心身を癒し、少なくなった食料を補充する。その重要な中継地としての役割も、この『村』は担っていた。無論、その値段はいささか割高となるのが常だが。

 あるいは、このようなほの暗い所でしか買えぬ品物を仕入れに、という商人も少なくはない。

 今しがた入ってきた一団の目的が何であるかは知れないが、それの一番偉ぶった奴の身なりがなかなかいいのを見て、八景の目がぎらりと光った。

「おい、八重やえ。見ろ。いいが来たぜ。あいつァ、あこぎな商売してやがる」

 八景は自身の真横を振り向いて、声をかけた。

 誰もいないように見えたそこでは思いもよらず、八景と似たり寄ったりといった格好の小さな子どもが石混じりの団子を頬張っていた。

 ぼさぼさの髪を頭の天辺で結び、それがあたかも箒のようになっている。薄汚いのと痩せているのとで、童子か童女か見分けがつかない。垢で汚れた顔の中に、やはりぎょろりと大きい目玉があった。

 ただですら小柄であるのに、八景と並んで座っていると余計に小さく見える。だまし絵のようだ。

「んー? あいよ父ちゃん。ホントだ。ネギしょってらぁ」

 八重と呼ばれた子どもはぷっと小石を吐き出して答えた。

 にやにやと怪しい笑みで二人が集団を眺めていると、列の尻尾の方の連中に目が留まる。

 いや、目が留まるというよりも、否応なしに目を引くと言ったほうが正確である。

「なんだぁ? ありゃあ」

「なんだありゃー」

 八景が素っ頓狂な声をだして、八重が面白がってそれを真似る。

 列の最後尾、十人ばかりのその一団は多種多様な人間のごった煮の如き『村』のなかにあってさえ、一段と異相を極めていた。

 連中は皆、奇怪な魔物を模した面を付け、堅い毛皮で全身をすっぽりと覆っていた。魔物の面は一人一人意匠が異なり、狗や狼に似たものから猿、猪、鹿、くちなわと様々だ。それが一様に恐ろしい形相で牙を剥きだしている。

 異様の一言に尽きた。

「旅芸人でも雇ってんのかねぇ」

 八景が冗談めかして言った。

 金のある大店の商人などは、長く厳しい旅の慰めに遊び女や楽士などを伴うことがある。

 しかし言ってはみたが、旅芸人にしては面と毛皮の連中は気配が静かすぎる。あれでは逆に気が滅入るだろう。

「なんだいお前さん、マキリ衆をしらないのかい?」

 と、そんな八景の呟きに、茶を運んでいた団子屋が言った。

「マキリ衆?」

「魔物退治の輩だよ。大方、商人が護衛にでも雇ったんじゃないかね」

「あれがか?」

 八景は遠慮なしに、その連中を指さした。団子屋が嫌な顔をする。どうやら気付かれたくないらしい。なにせ不気味な連中だ。

 しかし八景はお構いなしの様子で更に尋ねる。

「聞いたことはあったが、あんな奇怪なもんだったとは。マガリとは違うのかい?」

「さぁね。あたしらみたいな貧乏人にゃぁ関係のないことさね」

なんせ、あいつら一人雇うのに銀がいるらしいじゃないか、と団子屋が言った。

「ほう。んならマキリ衆ってのは高給取りかい。そりゃぁいいね」

 八景がにっこり笑うと、並びの悪い黄色い歯がずらりと覗く。こちらもこちらで、相当に不気味であった。

「……あんた、何考えてんのかはわからんが、に手ぇ出すのはやめときな」

 ふと、背後から声が聞こえ振り返ってみれば、丁度八景と背中合わせの位置に男が一人、座っていた。

 男はなにやら物知り顔だ。

「生身で魔物共とやり合うような奴らだ、おっかねぇ。特にな、あのまだら髪……」

 男が視線だけで示した先を見ると、確かにマキリ衆の一人が雑に結い上げた髪に白髪を混じらせている。黒い所は黒々と、その中に幾筋か混じる白髪が否応なしに目立つ。なるほど、あれはまだら髪だ。

 聞かれることを恐れでもするように、男は声を潜めた。

「あのまだら髪はな、魔物を斬るのが楽しくてしょうがねぇんだとよ。他のマキリからも気味悪がられて、噂じゃあ人も斬ってるって話だ……」

「へぇ、ならハグレか。丁度いいじゃねぇか。噂が本当かは知らねぇが、ハグレってのは何かしら後ろ暗ぇことがあるもんだ。八重! 獲物は変更だ。あのまだら野郎を狙うぞ」

 にぃ、と八景がまた歯をむき出して笑った。

 なんだかんだと言って数というのは恐ろしい。有象無象であれど集団で報復にこられちゃあ、いくら背が高いとはいえ痩せっぽっちの八景にはひとたまりもない。その点、加減と引き際を見極められりゃあハグレはいいカモだ。八景はそう考えていた。

「がってんだ! 父ちゃん!」

 八重は元気に答えた。

「おい、今の話聞いてたのかよ」

 なにやら八景が良からぬことを企んでいると察して、男が諫めた。が、聞く耳持たぬ。

「んなことに怖気づいて集り屋なんてやってられっかよ! お? もう行っちまってんじゃねぇか! 追うぞ! 八重!」

「あい!」

「どうなっても知らねぇぞ……」

 男の忠告を無視し、八景と八重は団子の串を放り投げ、口の中の石をぷっと吐き出して走り出した。

 それを見た団子屋が叫ぶ。

「あ! く、食い逃げー!」

 追うというよりは逃げるようにして、奇妙な親子は人混みの中に入った。

 と言っても八景の頭は人波の上でいつまでもひょこひょこと見えていたそうだが。

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