第9話 全ての色をぶちまけて⑦


「――っ!」



 活力がみなぎるような感覚を覚えたかと思うと、山吹やまぶきの手に馴染みの武器が出現する。

 次いで雪にも似た何かが舞い落ち、それは山吹の肌に触れる寸前にふわりと消えた。



「一体何が……?」



 対峙していた『第34755世界』の『柳田やなぎだ 悠陽ゆうひ』が訝しげに上を見上げ、眉を顰めた。



「『第34756世界この世界』の崩壊が始まったんだ。柳田やなぎださん――アンタ等の負けだよ」



 そして『第34756世界』の崩壊が始まったということは、即ち白姫しろひめは……山吹はその思考を振り払い、悠陽ゆうひめ付ける。



「どうする。俺達がこれ以上争った所で、この世界の崩壊はもう免れない。……それでも続けるか?」



「……はは。吾妻屋あづまや、武器が戻って来た途端に強気じゃん。さっきまで逃げ回ってただけの癖に」



 悠陽は教室で見せているいつもの朗らかな笑みを浮かべると、手にしていた大剣を引いた。

『第34755世界』の『柳田 悠陽』がこれ程までに穏やかな顔を見せたのは、『雪の女王』と呼ばれる『門螺かどにし 彩美あやみ』に与してから初めてのことだ。


 悠陽から注意を逸らすことなく、山吹もシャムシールに似た剣を引く。彼女の言う通り、山吹は悠陽の振るう大剣からひたすらに逃げ回ることで時間を稼いでいた。

 運動神経には自信がある山吹だが、白姫から授かった彼の能力『刹羅せつら』が使えない状況下での、半ばヤケクソのようなこの作戦とも呼べない大雑把な作戦は、精神的な負担が大きかった。

 山吹はここぞとばかりに呼吸を整え、顎を伝う冷たい汗を制服の袖で拭う。


 心底安堵している山吹を知ってか知らずか、悠陽は吹っ切れたように「あーあ!」と吐き出した。



「アタシ、馬鹿みたいだな……結局、彩美あやみに何にもしてやれなかった」



「……」



『第34755世界』の『門螺 彩美』と『柳田 悠陽』の間に何があったのか。山吹には知る由もないが、彼に言えることは一つしかない。



「――あの『門螺 彩美』に柳田さんの声が届いていなかったのは、紛れもない事実だ」



「……」



 悠陽は「解ってる」とでも言いたげに肩を竦めたが、山吹はそれを無視して続ける。



「――それでも。それでもあの『門螺 彩美』に寄り添い続けた、柳田さんの気持ちは本物だろ。君は『友達を助けたかった』……ただそれだけだ」



 山吹の言葉に悠陽はきょとんと目を丸くした。

 そして、思わずといった風に苦笑を洩らす。



「……本当。喜多見城きたみしろも吾妻屋も、案外優しいよな。もしもやり直せるのなら、お前等と友達になりたかったよ」



「なれるさ。『第34756世界』の『門螺 彩美』は選択した。世界が変われども、俺が『吾妻屋あづまや 山吹やまぶき』であるように。君も『柳田 悠陽』だからな」



「そっか、そっちの彩美が……じゃあ安心だな。ちょっとだけ寂しいけどさ」



 悠陽の手の中で大剣の姿が揺らぎ、光の粒子となって消え去った。

 そうして二人は、何を語る訳でもなく崩壊を続ける世界を見上げ続ける。

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