第9話 全ての色をぶちまけて⑤
「一先ず成功やな」
「やったな、
眼前の敵から目を離すことなく、青と
『第34755世界』の『
先程まで闇に覆われはっきりとしなかった彼等の容貌が、
「それにしても、思ってもなかった面子やな」
『第34755世界』で敵対した
『第1世界』で『門螺 彩美』を殺害した
この『第34756世界』では
「……私が助けたいのは『門螺 彩美』じゃないわ」
「――私は『第1世界』の椿下 星羅。私は『私が好きだった
「……ああ。君、あの時の
「そう。なら仕方ないわね」
淡々と告げる彼女の手に現れたのは、鋼鉄の鞭。
『椿下 星羅』は多くの並行世界で学級委員を務めているような、公正で責任感の強い少女だ。そんな彼女と鞭の組み合わせに虚を突かれた青と紫は、反応が一瞬遅れてしまった。
一瞬、されど一瞬。それは大きなタイムロスとなった。
鋭く地を打つ音に青の意識が星羅の武器を認識するのと、彼の右足に激しい痛みが走るのは同時だった。
「――青!」
ボタボタと粘度のある液体が滴り、紫の悲鳴が重なる。
肉が抉られた痛みに耐えきれず膝を折りそうになった青の耳が、再度鞭の振るわれる風切り音を捉える。
それは、明らかに紫を狙っていた。
激痛を訴えようとした一呼吸分の空気を、青は己の使役する狐神『
「『命』!」
青の傍らに炎が舞い散ったかと思うと、気付けば紫共々女の両腕に抱えられていた。
己の胴回りに絡む真白い細腕が目に入り、「さすがは神の端くれ」などと感心する。
右足からは出血が続いているため、怪我の度合いが計れないこの俵担ぎには感謝した。……男の沽券には関わるが。
青は患部を目にした瞬間、戦闘を続行できなくなるだろう自覚があった。幾ら世界を繰り返そうとも、グロテスクな傷口にだけは慣れない。
正直に言って、そんなものを見る位ならばあっさり死んだ方がマシだ。
『――何をしとる、青! 喚ぶのが遅いのじゃ! ええい、紫!
「う、うん! 来い『田彦』!」
紫の呼び掛けに応えて姿を現した田彦に、命が有無を言わさぬ口調で『やるぞ』と告げた。
状況も何も把握できていないだろうに従順に頷く田彦を見て、この二人の力関係が改めて窺えた。
青の右足に手を
彼女達の能力から考えるに実際の怪我が完治した訳ではないことを理解してはいるが、痛みを感じなくなったのは精神的にも有難い。
――『命が
以前彩美に命と田彦の能力を説明する際、紫が用いた言葉だ。
上手い言い方に内心「さすがは俺の紫」と賛辞を送りつつ、青はご丁寧にこちらのやり取りを待ってくれている三人に目を向けた。
青達と対峙している割には痛ましげな表情を浮かべる人物の存在に気付き、青は命に支えられながらも己の足でしっかりと地を踏み締める。
「――それで、貴女はどこの世界の『桜井 明子』先生なんやろか?」
「私は……」
元々華やかな印象ではない
「私は――貴方達の言う『第0世界』の『桜井 明子』です」
「――!」
ここに来て『第1世界』の『門螺 彩美』、そして白姫と
出血により消耗の激しい青を気遣ってか、口を開いたのは紫だった。
「こう言っちゃ何やけど……明子先生はどの並行世界でも、彩美と紅に深く干渉してくることはなかったはずや。あの二人も、大人を頼るような殊勝な性格やないしな。だからこそ不思議なんや。先生はなして『門螺 彩美』に協力してるん?」
「……私、私は赦されたいんです。私のせいで『第0世界』の門螺さんと喜多見城君は命を落としてしまったから。私がきちんと確認していれば防げたことだったのに……私、私は狡い人間です。私は赦されたいから、あの『門螺 彩美』さんに協力しているに過ぎません。もう見たくないんです。眠る度に、門螺さんと喜多見城君の最期を夢に見てしまう。二人を死なせておきながら、なのに私はのうのうと生きて学校に出勤していると、そう思われているんじゃないのかって。私は生徒達やその保護者、他の教師達の視線が怖い。赦されたい。もう、赦されたいんです。――そうしたら、あの『門螺 彩美』さんが赦してくれるって言ったんです。『アタシに協力してくれたら、赦してあげる』って」
虚ろな瞳で矢継ぎ早に洩らされたそれに、明子が殆んど正気を失っていることに気付く。
こんな状態の人間を仲間にしてどうするんだとは思ったが、赦されたいという気持ち……『罪悪感』は時に強い原動力になることを、青は身を以て知っていた。
「『第0世界』について興味はあるんやけど……私等が聞いた所で、もう意味はないんやろな」
「そうやな。真実は、彩美が掴んでくれるはずや」
頷き合う青と紫の意識を遮ったのは、一発の銃声だった。
右腕を宙に真っ直ぐと伸ばした
「――貴方達の世界の『門螺 彩美』の目的は、一体何ですか?」
「終わる世界の私等には、関係のないことや」
「『終わる』……?」
「彩美は、『
「……っ!」
目を見開いた月夜が踵を返そうとするのを、命と田彦が幻術で遮った。
気弱な苛められっ子然とした『藤垣 月夜』の面影は今やどこにもない。彼は苦々しい顔をして青と紫を睨むと、吸い込まれそうな程に黒々とした銃口を二人に向けた。
月夜と星羅が目配せし合い、青と紫を分断しようと左右に駆け出した。
反面、明子は頭を抱えて俯き、その場から動かない。明子の姿を目にした星羅は苛立ちも露に目を細め、聞こえみよがしに舌打ちをした。
「――荒れてるね、『学級委員長』」
「煩い!!」
青の挑発的な態度に、星羅が眥を吊り上げた。
彼の傍らに立つ命は肉感的な唇を綻ばせ、くつくつ笑う。
『行くぞ青。その怪我では、お主もそう長くは保つまい。これぞ一世一代、最後の見世じゃ。せめて華々しく散る方が良かろうて』
「そうやな……でも、あと一仕事。これだけは、何がなんでも果たさなあかん。――最期まで付き合ってもらうで、命」
『当然じゃ。この円環の
命が、田彦が笑う。
この『輪廻』の力によって、本来ならば決して交わることのなかっただろう
兄妹二人にとって、この繰り返しの世界は決して平坦とは言い難い困難な道のりだっただろう。
だが命と田彦にとって『第34756世界』まで青と紫と共に過ごしたこの時間は、何物にも替えることのできない大切な時間だった。
そうして、命と青は『椿下 星羅』と。田彦と紫は『藤垣 月夜』と対峙する
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