雪の女王 Ⅹ
「――話って何だ、
理科室に呼び出された
こうして久し振りに向かい合った彩美は、以前とどこか違って見えた。
髪が伸びたとか痩せたとか、そういう外見的なことではなく……『纏う空気が変化した』とでも言うのだろうか?
悠陽の貧弱な語彙力では、その違和感を上手く表現できなかった。
それは生物が必ず持ち合わせているもの、即ち本能からの警鐘でもあったのだが、生憎悠陽は他人を疑うような――ましてや友人を疑うような、用心深い
悠陽の人の好さは、本来誉められて然るべきだ。だがしかし、今この時だけに関して言えば不用なものに違いなかった。
「そんなに緊張しないでよ。あの
からから笑う彩美に、悠陽は首を捻る。
――こんな風に笑う奴だっただろうか?
彼女の中にぽつりと浮かんだ疑念を掻き消すように、素早く彩美が続けた。
「ねえ悠陽――アタシ達、友達よね?」
随分と直接的なそれに、悠陽は返す言葉を失った。
いつまでも口を開かない、開けない悠陽に、彩美は気弱な少女然とした態度で眉根を寄せる。
「それとも……アンタにとって、アタシはもう友達じゃない?」
そこでようやく我に返った悠陽は、「そんなことない!」と勢い込んで告げた。
彩美の口振りはどこか芝居掛かったものだったのだが、計算され尽くしたそれを悠陽が見抜くことは出来なかった。
「彩美がアタシのことを許してくれるのなら……友達でいたいよ」
『諦めなければ、届くものもあるんじゃないか?』
その時悠陽の脳裏に浮かんだのは、いつかに
紅を信じ、悠陽は
悠陽の真っ直ぐなそれは、果たして彩美に届いたのか――彩美がふっと笑った。
「なら何も問題もないわね。許すも何も、そもそもアタシは怒ってないもの。でもアンタが気にするなら――機会をあげるわ」
彩美は一歩、また一歩と悠陽との距離を詰める。
言い様のない威圧感に、悠陽は無意識の内に後退る。いつの間にか、理科室の壁際に追い込まれていた。
恐る恐る視線を上げた先で、非の打ち所が無い笑顔を貼り付けた彩美と目が合う。
「仲直りの印として、手を貸して欲しいことがあるの。お願い、悠陽。だってアタシ達――友達でしょ?」
悠陽は目の前の彩美が、かつての友人であった『
しかし悠陽が『門螺 彩美』の友人である限り、彼女の願いを一蹴することも、それ以前に彩美からの呼び出しに応えてしまった時点で、悠陽に逃れる術がないことにも――気付いてしまった。
そう。初めから、悠陽に選択肢等なかったのだ。
「……ああ。解ったよ、彩美。だってアタシ達、友達だもんな」
ぽっかりと穴が開いたような空虚さが、胸を襲う。
(……
紅の顔が浮かんだ。彩美の話をした時だけ、少し表情を和らげていた彼の顔が。
悠陽と彩美を、気に掛けてくれたのだろう彼。
(……多分、怒るだろうな)
しかし悠陽が『門螺 彩美』を見捨てることなんて、出来やしないのだ。
誰が何と言おうとも、実際の所彩美が悠陽をどう思っていようとも――悠陽にとっての『門螺 彩美』は、大切な友人なのだから。
その日は珍しく、
彼女の手足には真新しい包帯が巻かれ、頬にはガーゼが貼られていた。制服の下も、同じ様なものだろう。
皆傷だらけだ。己の生きる世界と、白姫を守るために。
「――ねぇ、満足? 高みの見物は。アタシ達は、アンタのために戦っているのだけれど。それでも繰り返しを止める条件は、教えられないって訳?」
彩美が白姫を鋭く睨みながら、敵に向けるような冷たく厳しい口調で告げる。
「……」
白姫は彩美の問いに答えられない。否、相手が彼女だからこそ答えられない。
彩美は頑なな白姫に、当て付けの如く溜め息を溢し、吐き捨てた。
「――こんなんじゃいずれ、盤上はひっくり返されるわ。……嫌でもね」
彩美の後ろ姿が小さくなるまで見送り、白姫は鏡に覆われた世界の中に一人佇む。
「――それが、今世の貴女の願いなら」
白姫の呟きを聞く者は誰もいない。
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