第6話 黄丹は陰る
第6話 黄丹は陰る①
そのため、弁当の中身は冷凍食品が多い。
反抗期の同級生の中には「冷食ばっか詰めて手抜きじゃね?」と文句を言う頭の悪い奴もいるが、作ってくれるだけ有り難いし、それは母親の手料理が美味いからこそ言える贅沢な台詞であることを知った方が良い。
「いつも冷凍食品ばっかりでごめんね……」と申し訳なさそうにする母には絶対に伝えられないが、正直彩美としては「手料理を弁当に入れられる位ならば、冷食の方が断然良い」と思っている。
これは墓まで持って行こうと思っている秘密だ。
結局何が言いたいかと言うと――昨日食べた
あの至高のカツカレーをはじめとして、あんなに美味いものをほぼ毎日食べている
だというのに、親子揃って少食ときている。
赤音の態度に思う所がない……という訳ではないが、彼女の料理の腕は認める。
紅と彼の父は赤音に一度平身低頭、むしろ土下座をした方が良い。
「彩美、さっきから手が止まってるけど ……調子でも悪いのか?」
心配そうに尋ねる
「むっ、アタシそんなに食い意地張ってないぞ!」
「どうだか」
頬を膨らませた悠陽は、自分の弁当のタコウィンナーを勢い良くフォークで突き刺した。
(
等と下らないことを考えつつ、冷凍食品のグラタンを味わう。
彩美はこのグラタンが好物だ。チーズ部分(と思われる)の味が濃くて、ホワイトソースとの相性が抜群である。
今日は紅達とは行動を別にし、部活動の用事がやっと落ち着いたという悠陽と、久し振りに昼食を食べていた。
むしろ今まで通りに戻ったというだけだ。彼等と一緒に過ごしていたことこそが、イレギュラーだった。
このまま少しずつ、彼等との縁は薄まっていくことだろう。
ようやく、彩美の愛すべき平凡な日常が戻って来る。それは歓迎すべきことだった。
「あのさ、とっても嬉しいんだけどさ……アタシと食べて良かったのか?」
「今までだって、誘ってもないのに勝手にここで食べてたじゃない」
「そりゃ、そうなんだけど……何かアタシ、彩美と
「……アンタ、そういう詩的な表現も出来たのね。見直したわ。ただのバスケ馬鹿なだけかと思ってた」
「いや、その通りなんだけども! もう、からかうなよ~!」
バクバクおかずを口に運ぶ悠陽を見ていると、ふと彼女ならば並行世界の存在をどう捉えるのか気になった。
どうせ荒唐無稽な話だ。ただの与太話や、フィクションだとしか思われないだろう。
そもそも、信じる方がおかしいのだから。
「悠陽。アンタ、もしもここじゃない世界 ……並行世界の自分が目の前に現れたらどうする?」
「並行世界? 何だそれ」
……それ以前の問題だった。
説明するのも面倒臭くなり、一気に話す気が失せた彩美は「何でもない」と白米を口に含んだ。
しかしそこで終わらないのが、この『
入学式以降素っ気ない、所謂塩対応の彩美にしつこく話し掛け、こうして一緒に昼食まで食べるようになった悠陽の図太さは伊達じゃない。
その点に於いては悠陽に対し、彩美は呆れにも似たある種の尊敬を抱いている。
ぐねぐねと奇っ怪な動きで身体を揺らし話の続きを催促する悠陽に、彩美は「言うんじゃなかった」と数分前の自分に後悔した。
「――要は、それってドッペルゲンガーみたいなもんだろ? そいつのやったことに、今アタシの目の前にいる彩美は関係なくないか? まあ、やられた方からしてみれば堪ったもんじゃないんだろうけどさ。彩美とは別人じゃん? そいつ?」
並行世界とは何たるかを懇切丁寧に説明した上で多分な脚色を加え、
彼女は弁当を食べ終え、更に菓子パンの攻略に掛かっている。
中にメロンクリームが入っていないタイプのメロンパンだ。クッキー生地がぼろぼろと下に溢れているが、悠陽が座る席は彩美のものではないため、特に注意はしなかった。
「ドッペルゲンガーとはまた違うのだろうけど……っていうかアンタ成績悪い癖に、そんな俗な話は知ってるのね。それを勉強に活かしなさいよ」
「そうやって直ぐアタシの成績をからかう~」
円形のメロンパンが物凄いスピードで欠けて行き、既に半月となっていた。あと一、二分もしたら三日月か新月になっていることだろう。
「話を戻すけどさ、彩美はそいつと一緒にされるのが嫌なんだよな? なら『自分とは違う』って言い続けるしかないんじゃないか? 結局さ、行動するしかないんだと思うな、アタシは」
「……まともなこと言うじゃない」
彩美は弁当箱を鞄に仕舞いながら、悠陽の意見に感心した。
頭脳面は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、意外に考え方はしっかりとしている。
「……で。この話の内容は、今彩美が悩んでいることに関係してるのか?」
「何を……」
「授業中もずっと上の空だったじゃん。先生に
「……良く数えてるわね」
「解決したか?」
にっと歯を見せて笑う悠陽に、彩美は虚を突かれた。
そして自分自身でも珍しい感情を抱く。今回ばかりは、悠陽の明るさに感謝しても良いかもしれないと。
「ええ、少しはね。――ありがとう、悠陽」
「そっか、なら良かったな!」
悠陽はその名前に反し、まるで夏の太陽の如く破顔した。
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