第4話 紫苑色の時を想う④


「……で、何でお互い女装と男装をすることになった訳?」



 端から聞いたら一体何の話しだと思うだろう。

 現に、尋ねた彩美あやみもそう思っている。



「……前に、むらさきが集中的に狙われたんだよ。並行世界の奴等に」



「女子だから、チョロいと思われたんだろうな~」



 うんうんと頷く紫に、彩美は内心「いや、だからと言って男装しようとは普通思わないだろ」と突っ込みを入れる。



「そん時にアタシが負った怪我を、くれないが『因廻いんね』を使って自分に移しちゃったんだよな」



「あったな、そんなこと……」



 山吹やまぶきが苦々しげに呻いた。

 ここ二日間程見ていて思ったが、彼は紅に対し少々過保護な面があるように思う。

 そんな山吹が顔を顰めて話す程ということは、余程看過できないものだったのだろう。

 だが、それよりも彩美が気になったのは――。



「『因廻』?」



「あ、これも説明してないっけ。『因廻』ってのは紅の能力で、並行世界が関わる出来事の事象を、自分に引き寄せることが出来るんだ。例えば怪我とか、並行世界の奴等が起こした事件とか事故とかもそうだな」



「『事件とか事故』? その並行世界とやらが手出し出来るのは、この学校だけが範囲じゃなかったの?」



「言ったろ。白姫しろひめ黒姫くろひめだけは、学外でも動けるって。何で紅が二ヶ月も休んでたか分かるか? 家が火事になったんだよ。黒姫の手によってな。あの包帯の下の火傷は、そん時のやつだ」



 彩美の脳裏に、紅の白い肌を蹂躙していた痛々しいまでの火傷痕が甦る。

 一歩間違えれば命を失っていてもおかしくなかったあれが、黒姫の手によって引き起こされたというのか。


 ――彩美は、その黒姫と接触している。


 あの時あの場所で、殺されていてもおかしくはなかったのだ。

 そう考えると、今更ながら恐ろしくなった。



「だからさ、何て言うのか……あんまり怖がんのは止めてやってくれるか? 紅も、あれでいて結構繊細だからさ」



「怖がってなんてないわ……ちょっと驚いただけ」



 彩美の返答に、山吹は苦笑する。

 彼のその、拗ねた子供をあやすような「仕方ないなあ」という表情に居たたまれなくなり、彩美は「帰るわ」とだけ告げその場を後にした。





 彩美の靴音が去って行くのを認めると、山吹が「ふぅー」と細く息を吐いた。



「本当はみ~ちゃんが狙われていたのを事前に察知して、紅が『因廻』で肩代わりしたって話なんだけどな……さすがにこれは、本人には言えねぇわな」



門螺かどにしさんに伝えてる話なんて、それ以上に嘘ばっかりだろ。それに、紅自身は伝える気なんて一切ないさ。アイツはそういう奴だ。格好付けなんだよ」



「……あお、彩美とは仲直りしたの?」



 紫の問いに、青は「元々、直すって程仲良くはないけどな。クラスも違うし」と笑った。



「――でも、『彼女』と同一視するのは止めようと思う。世界が変われば、それはもう別人だ。……今の『門螺かどにし 彩美あやみ』を、もう少し理解してみるよ」



「……そっか。――よし! 明日はこのことを紅に報告して、先に帰った罰として何か奢らせようや!」



「賛成~。俺、河本かわもと精肉店のメンチカツが食いたい!」



「要交渉やね」



 その提案に顔を綻ばせる山吹、青を見て、紫はそっと安堵の息を洩らした。


 感情の折り合いは、自分自身にしか付けられない。


 青が今の『門螺 彩美』を認め、彼女に対して覚えていた淡い気持ちを捨てるなり、殺すなり、成就させるなり、何らかの形を与えるしかないのだ。


 たとえ、青がこの『第34756世界』で彩美への気持ちを成就させようとしたとしても、紅は何も言わないのだろう。



『格好付け』――その通りだ。アイツは格好付けなのだ。



「む~ちゃん、俺等も帰ろうぜ」



「行くよ、紫」



 家族以上に長い時を共に過ごす友人が、兄が、紫を呼ぶ。

 その声に応え、紫は駆け出した。





 第4話 紫苑色の時を想う 完

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