第4話 紫苑色の時を想う④
「……で、何でお互い女装と男装をすることになった訳?」
端から聞いたら一体何の話しだと思うだろう。
現に、尋ねた
「……前に、
「女子だから、チョロいと思われたんだろうな~」
うんうんと頷く紫に、彩美は内心「いや、だからと言って男装しようとは普通思わないだろ」と突っ込みを入れる。
「そん時にアタシが負った怪我を、
「あったな、そんなこと……」
ここ二日間程見ていて思ったが、彼は紅に対し少々過保護な面があるように思う。
そんな山吹が顔を顰めて話す程ということは、余程看過できないものだったのだろう。
だが、それよりも彩美が気になったのは――。
「『因廻』?」
「あ、これも説明してないっけ。『因廻』ってのは紅の能力で、並行世界が関わる出来事の事象を、自分に引き寄せることが出来るんだ。例えば怪我とか、並行世界の奴等が起こした事件とか事故とかもそうだな」
「『事件とか事故』? その並行世界とやらが手出し出来るのは、この学校だけが範囲じゃなかったの?」
「言ったろ。
彩美の脳裏に、紅の白い肌を蹂躙していた痛々しいまでの火傷痕が甦る。
一歩間違えれば命を失っていてもおかしくなかったあれが、黒姫の手によって引き起こされたというのか。
――彩美は、その黒姫と接触している。
あの時あの場所で、殺されていてもおかしくはなかったのだ。
そう考えると、今更ながら恐ろしくなった。
「だからさ、何て言うのか……あんまり怖がんのは止めてやってくれるか? 紅も、あれでいて結構繊細だからさ」
「怖がってなんてないわ……ちょっと驚いただけ」
彩美の返答に、山吹は苦笑する。
彼のその、拗ねた子供をあやすような「仕方ないなあ」という表情に居たたまれなくなり、彩美は「帰るわ」とだけ告げその場を後にした。
彩美の靴音が去って行くのを認めると、山吹が「ふぅー」と細く息を吐いた。
「本当はみ~ちゃんが狙われていたのを事前に察知して、紅が『因廻』で肩代わりしたって話なんだけどな……さすがにこれは、本人には言えねぇわな」
「
「……
紫の問いに、青は「元々、直すって程仲良くはないけどな。クラスも違うし」と笑った。
「――でも、『彼女』と同一視するのは止めようと思う。世界が変われば、それはもう別人だ。……今の『
「……そっか。――よし! 明日はこのことを紅に報告して、先に帰った罰として何か奢らせようや!」
「賛成~。俺、
「要交渉やね」
その提案に顔を綻ばせる山吹、青を見て、紫はそっと安堵の息を洩らした。
感情の折り合いは、自分自身にしか付けられない。
青が今の『門螺 彩美』を認め、彼女に対して覚えていた淡い気持ちを捨てるなり、殺すなり、成就させるなり、何らかの形を与えるしかないのだ。
たとえ、青がこの『第34756世界』で彩美への気持ちを成就させようとしたとしても、紅は何も言わないのだろう。
『格好付け』――その通りだ。アイツは格好付けなのだ。
「む~ちゃん、俺等も帰ろうぜ」
「行くよ、紫」
家族以上に長い時を共に過ごす友人が、兄が、紫を呼ぶ。
その声に応え、紫は駆け出した。
第4話 紫苑色の時を想う 完
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