第24話 判決

「以上の事を鑑み、仮称『魔人ノリト』を終身刑とする」


 判決が下されると城内裁判所は静まり返った。賛否両論ある判決だがそれを否定することは王家の意思に反発することに他ならないため憚られる。それが通常の裁判とはことなる城内裁判の暗黙のルールであった。


 それを唯一破ったのは被告である京極だった。京極は前夜よりも頑丈な手錠を付けられ、中央の拘束台に括りつけられている。壊そうと思えば壊せるその拘束具をつけたまま、裁判官の後ろに鎮座するひとりの人物に叫んだ。


「どうしてだラース!俺たちは仲間じゃなかったのかよ!!」


 宴の席では楽しそうに過ごした彼女の表情が、今は心を閉ざしたように冷たいものへと変わっていた。それが少女としての彼女と王女としての彼女の違いなのかもしれないが、だからといって京極がそれを受け入れるわけにはいかない。


 裁判の結果は王家の意向が優先される。つまり彼女の鶴の一声があれば京極は助かるし、彼女が死を望めば京極は処刑されるのだ。終身刑であれば永久に牢に閉じ込められることになるだろう。それを回避するべく京極はラースの心情に訴えた。


「俺が許せないならここから立ち去る!」


 ラースの表情は変わらない。


「俺が危険なら人を襲わないと約束する!」


 それでも表情は変わらない。


「ナナエが死んだのはお前のせいじゃない!!」


 その言葉にラースは僅かに体を震わせた。


「裁判はこれで閉廷。傍聴席の者は速やかに退出を」


 京極が余計なことを口走るのを恐れたのか、裁判官は人払いを始めた。ぞろぞろと動く人の群れ。重い扉が閉じられ静かになった広い部屋には3人の裁判官と腕利きの衛兵が数人、そしてラースと京極だけが残っている。


 はじめに口を開いたのは裁判官の男だった。


「口を慎め魔人ノリト。貴様は王女様の御言葉が無ければ死刑となるはずだったのだ。終身刑になっただけありがたく思え」

「俺が何したってんだよ!」


 言葉を返す京極に対し、高齢の女性裁判官が答える。


「この国でどれだけの若者が魔人の犠牲になって来たか……。多くの国民の心を引き裂いてきた魔人には相応の報いが為されるのです」

「俺は昨日この世界に来た!誰も襲ってないのはラースも知ってるはずだ!!」


 無実にもかかわらず魔人、ノストラで言うブレインズであるというだけで終身刑になるなど、到底受け入れられるものではない。京極はラースに呼びかけるがそれを遮るようにもうひとりの裁判官が言葉を返す。


「終身刑は王女様のご意向なのだ!」


 だからもう諦めろ、言いたげな男の言いぐさ。それが京極には信じられなかった。


「ラースが……?」


 ラースは死罪も無罪を望んではいない。明確に終身刑を望んでいる。動揺と疑問の果てに京極はひとつの勘違いに気が付いた。先のふたりの裁判の言葉が、ただの建前だったという事。


 この裁判は王家の意向が最優先される。ラース王女は京極の死罪でも無罪でもなく、終身刑を望んだ。魔人の悪辣性も犠牲者の有無もこの裁判には関係が無い。


 では、なぜ京極は終身刑なのか。


「ナナエとの……、約束か……?」


 真相に気が付き、思わず口にすると、ラースの表情が崩れた。


「そうよ……。私はあなたと……、一生傍にいるの!!!!」


 彼女は美しい顔で笑っていた。狂い咲いた花の様に。抱え込んでいた罪悪感と喪失感が、京極と出会った事で溢れ出し、彼女を暴走させてしまった。


「私はもうあなたを失わない!危険を近づかせない!どこへも行かせない!!」


 ラースは感情のままに叫ぶと京極へ向けて魔法を放った。それはそれは氷の弾丸のようなもので、ぶつかった対象を凍らせて捕まえる魔法。京極が危険を感じ、拘束具を外して逃亡しようとしているのに気が付いたため、先制で放ったのだ。


「秘匿開錠」


 京極のアークが有する高性能な聴覚器官が足元から微かにその声を捉えた。


「『円炎』!」


 地面から立ち昇る火柱がラースと京極の間に立ち塞がり、ラースの魔法をかき消した。黒く焦げた床の穴から青年が跳躍し姿を現す。


「ユニ!」

「あいあい!」


 青年の背中に引っ付いていた少女が飛び降り、京極の元へ駆け寄っていく。


「どういうつもりなの、レイブン!」


 激高するラースは高い実力を持つレイブンに対し容赦する必要はないと、複数の魔法を展開して打ち込んでいく。裁判官は巻き添えを食わないように大慌てで裁判所を飛び出し、衛兵はレイブンを取り囲むように距離を取って構える。


「助けに来たぜ」


 ノストラでの白老との戦闘で片腕を失ったレイブンは、手数の多いラースの攻撃を防ぐのに苦労している。自動制御の円刃はその戦闘で使い切っておりリロードはされていない。なおかつ京極とユニを守りながら戦うレイブンは不利な状況だった。


 それでもレイブンは全ての攻撃を裁いている。時には攻撃を喰らう事もあるが致命傷はうまく避けていた。


 京極は機械の身体の馬力を活かして拘束具を引きちぎり、叩き壊して体の自由を得ようと試みる。しかし、防御魔法のせいか想像より手間が掛かる。その間にも攻撃を受けているのは生身の肉体であるレイブンだ。


「レイブン!」


 京極は思わず名前を呼ぶ。彼の身体の至る所から出血が見える。京極は早く助太刀に向かおうと必死に拘束具を破壊していく。傍らのユニは小さな手で地面を掘り始めていた。


「ノリト、悪かったな」


 攻撃を受けながらもレイブンは京極に告げる。


「お前を連れて来たのは間違いだったのかもしれねえ」

「何言ってんだよ、お前……」


 レイブンの言葉に京極は別れの予感がした。


「俺のエゴのせいで、お前は攫われてラースは狂っちまった」

「違う!お前は悪くない!!」


 その間にもレイブンの傷は増えていく。


「俺は、周りに不幸を振りまいてるだけだったんだ」

「俺はお前たちに会えて幸せだった!!」


 拘束はまだ解けない。


「『愛逢あいあい』は、対象者を最愛の人の元へ連れて行く秘匿だ」


京極は気付いていた。レイブンが何をしようとしているのかを。しかしそれを認めたくない思いからレイブンの説明を求めた。


「何を言って――」

「ユニは、寝ることで情念リビドーを回復させる。こまめに寝かせてやれ」

「だから何を――」

「まずいよノリト!」


 そんな京極の言葉を遮ったのは、足元にいたユニだった。


「ノリトの大切な人、死にかけてる!」


 

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