第23話 朝食

「何だこれは!」


 夜が明けて地下牢に衛兵が入って来るなり、大きな声を上げたので京極は省電力モードから覚醒し、レイブンは獣の耳だけをピンと立てた。衛兵が見た物は壊された牢の扉と手錠だったものの残骸。ひとつは砕かれ、ひとつは焼け焦げていた。


「貴様ら脱獄したのか!」


 この衛兵は昨夜の宴には招かれなかったらしい。もし知っていたならばこれほどまでに狼狽はしていない。とはいえ、レイブンはさておき京極の立場はあくまで人類と対立している魔人のため、一般の兵士からすれば脅威であることは間違いない。


 京極はその事を理解した上で、衛兵に恐怖心を与えないよう、この惨状を上手く説明しなければならない。


「悪いな。寝返りを打ったらぶつかって壊れた」

「嘘つけ!」


 京極は信じてもらえなかった。

 それを見たレイブンはやれやれといった様子で京極に手本をみせる。


「くしゃみした時に間違えて燃やしちまったぜ」

「嘘つけ!!」


 レイブンも信じてもらえなかった。

 衛兵とのやり取りを聞いて目を覚ましたユニも挑戦する。


「気付いたら手錠なかった!」

「お前は元々ねえだろ」


 レイブンに突っ込まれ納得するユニと小さく笑う京極。薄暗いはずの地下牢が昨夜よりも少し明るく感じられる。朝食がそれぞれに与えられると衛兵は今日の予定を言い残してそそくさと出て行ってしまった。


「裁判か……」


 食事をとらない京極は自分に与えられた分をレイブンに横流しして呟いた。レイブンは遠慮なくそれを受け取り、口に物を頬張りながら口を開く。


「まあ、ラースのことだ。悪いようにはしないだろ」


 楽観的にも思えるレイブンの言葉だが、昨夜は火を囲んで三人で思い出話に花を咲かせた間柄。京極の中にも似たような思いが芽生えていた。


 ただ、気になるのはラースの涙。どれが本当の彼女の思いなのか、あるいはどれもが彼女の本当の思いだとして、最終的に彼女がどのような判断を下すのか。京極はそれが気がかりだった。


「ところで、ノリトの一番大切な人って誰だ?」


 いきなりすぎる質問に京極は目を丸くする。顔を見ずとも京極の言いたいことを感じ取ったレイブンは補足する。


「俺はもちろんラースだけどよ、お前はどうなんだよ」

「いきなり恋バナか?どうせなら夜にやれよ」


 一夜明け、京極もレイブンに対しては砕けた話し方になっている。


「別に恋愛じゃなくてもいいんだ。家族でも恋人でも恩人でもいい」

「それなら……」


 突拍子のない話ではあるが、京極は目を閉じて最初に思い浮かぶ顔を素直に伝えた。


「俺は両親だな。義理の親で、まだ会ってから1年しか経ってないけど、俺にとっては人としてどう生きるかを教えてくれた人だから……」


 京極が話す間、レイブンの食事の音は止まっていた。静寂の後、スープを啜る音が響く。レイブンはそれを飲み終え、ひとつため息をつくとまた口を開いた。


「俺と似たようなもんだな。ラースは獣だった俺を人にしてくれた。感謝してもしきれねえ。お前の気持ち、俺は理解できるぜ」


 噛みしめるように言葉を紡ぐレイブンだが、京極との間には温度差があった。


「で、それがどうしたんだよ」


 何のために朝からそんな話をしたのか。理由を知りたい京極。


「まあ、なんつーか、念のためだ」


 それ以上レイブンは教えることはなかった。

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