第22話 告白2
「ラースがお前に惚れたのを知っても俺は気にしなかった。むしろ嬉しかったくらいだぜ。どこの誰とも分からないヤツとくっつくくらいならお前と一緒になる方がずっといい」
レイブンの言葉は負け惜しみなどではなく彼の本心である。それが淀みなく話し続ける彼を見ていた京極の評価だった。それに、実際はそうならなかったのだから。
「お前は信用できる。なんせ俺の親友だからな」
恥ずかしげもなく口にする親友という言葉に京極はむず痒さを覚えたが、それほどまでに信頼されていることは嬉しかった。記憶にない過去の自分との親友。それでも今の自分と変わらぬ関係を築くレイブンは、京極からすればこの世界では大きな存在になっていた。
「それに比べて、俺は最低だった」
親友の、レイブンの言葉は急に重く、苦しいものに変わった。雲が月明かりを隠す。先ほどまで騒がしかった宴の席には静寂が腰を下ろしている。
「ナナエが殺された」
レイブンの口にした話題は魔王との戦いだった。それはラースが自らを呪う事になった出来事。
「俺はその時思っちまったんだ……」
レイブンが唇を噛む。ひとつしかない拳を強く握り込む。彼の悔恨の大きさは、握った手から流れる血が物語っていた。
「死んだのがナナエで良かった、って」
京極は何と言葉をかければいいのか分からなかった。レイブンが仲間を大切に思う性格なのは今の京極への態度を見ればよく分かる。そんな彼が最も大切な人が救われた時に安堵する気持ちを抑えられなかったと自らを恨んでいる。仲間と最愛の人を天秤にかけて苦しんでいる。
「それに王家を護るためにナナエの死を偽装した……。ラースを守ったんじゃなくて魔王にただ殺されたんだって……!」
それはラースからも聞いた事だった。その行動の是非は京極には分からないが、王家が、正確にはラースが非難されないための措置であるという事は理解できた。
「その事でラースは今も苦しんでんのは知ってんだ。だけど俺にはもうどうすることもできねえ……。お前も魔王と一緒に消えちまって……」
「俺が、消えた……?」
京極は相打ちだったと聞いていたが、自分の詳細な最後を知らなかった。
「ナナエが殺されて、お前はそれを
「お前たちは無事だったのか!?」
「何とか逃れたぜ。でも魔王のすぐ近くにいたお前は逃げ切れなかったみたいだ」
「死んだ、とは思わなかったのか」
結果的にはこうして再会できているが、本来なら絶望的な状況のはず。
「ナナエが死んで、お前まで死んで、ラースはちょっと前までゾンビみたいだった。心ここにあらずって感じでな。でも俺は生きてるって知ってたから」
どうやって、と尋ねる前にレイブンが指を差した。示した先にあるのは宴の席。雲の切れ間から月光が照らしたそこにはひとりの獣人が毛布に包まって眠っている。
「ユニの秘匿でお前を見つけた。もの凄く遠くにいるっつー曖昧な情報だったから、再会できるか分かんない状況でラースに伝える事はできなかった」
それは草原でレイブンとラースが言い争っていた内容だ。
「でもまさか異世界とはな。長老様様だぜ」
「俺も、まさか異世界に来るとはな」
話の腰を折ったおかげで、レイブンの表情にも晴れやかさが見られるようになった。京極はレイブンの辛い表情を見たくなかったので安心することができた。
「ラースが少しずつ元気になって来たタイミングで、俺とユニはお前を救出することにした。俺までいなくなったらアイツ、立ち直れないかもしれねえから不安だったけど、まあ結果オーライだろ」
それだけのリスクをレイブンとユニは冒した。
「なんで……」
「親友だからな」
ラースは笑顔で答える。しかし、京極はそこに違和感を感じた。いつもの心からの言葉ではない。部分的な嘘。ノイズ。それを見極められたと感じたのか、レイブンは観念するように言葉を続けた。
「本当は、罪滅ぼしがしたかっただけなのかもしれねえ。ナナエとラースの願いを叶えようとした」
「ふたりの願いって……」
空を星が流れる。京極はそれを見つけたがその特別な意味を知らない。これほど綺麗な空も見たことがない。
「ナナエはラースが幸せになってほしかった。ラースはお前と一緒に居たかった」
「……」
ノリトがいなければそれは叶えられない。
「だから俺はお前をこの世界に連れて来た。俺は結局、俺のためにお前を無理矢理攫って来たんだ……!」
「……」
レイブンは改めて京極と正対し、両膝を地面につけた。
「ノリト……、ごめん……!ごめん……!!」
レイブンのか細い声を京極は初めて聞いた。きっと、勇者ノリトもその声を聞いた事がないだろう。ナナエへの負い目とラースへの愛情で京極の人生を大きく変えた事への自責の念。それがレイブンの涙と謝罪へと至った。
京極はレイブンと同様に膝を折り、彼の左腕に触れた。肩から先の無い左腕。京極を取り戻すために犠牲にした名誉の負傷。
「痛かっただろ、これ」
レイブンは静かに涙を流し続ける。
「俺はこの世界に連れて来られて良かったぜ、親友」
「ノリト……」
京極はあえて、レイブンの事を親友と呼び、馴れ馴れしい言葉遣いで話す。それはできるだけ、勇者ノリトに近づくため。それが少しでもレイブンの救いになればと思ったから。
「おかげでノストラの秘密も分かったし、俺の過去も知ることができた」
「ごめん……」
それでも涙を流し続けるレイブンの両肩を、京極は強く掴んで抱き起した。
「だから、これからも親友の手を貸してくれよな!」
京極は初めて屈託のない笑顔を作り、レイブンへと向けた。そこには裏も恨みもなく、感謝と期待だけが寄せられている。
「もう手はひとつしかねえけどな!」
レイブンは涙を流したその顔で笑顔を作って京極に返した。秋の夜空にふたりの大きな笑い声が広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます