第21話 告白

「俺とも話そうぜ、親友」


 夜風に吹かれ物思いにふける京極の隣に現れたのは青い髪をなびかせたレイブンだった。すでにこの場に残っているのは京極とレイブンと、今にも消えそうな火のそばで寝息をかいているユニだけだ。


 レイブンは外の景色を見るでもなく、塀に背を預けて空を眺める。彼にもまた、仲間であるノリトに話したいことがあり、それは同じく仲間であるラースには言えない事だったから、今この瞬間を選んで打ち明けることにしたのだ。


「俺はよ、ラースには幸せになってほしいんだ」

「……俺もそう思うよ」


 この答えは京極の本心だった。ナナセに守られたことで自責の念に駆られ、生きることに悩み苦しむラースに同情し、それでもなお自らの役目を果たそうと奮闘する彼女の姿に尊敬の念を抱いている。だから京極はラースに幸せになってほしいというレイブンの言葉に同意した。


 しかし、レイブンの考えは京極のそれとは少し違っていた。


「俺は、好きなんだよ。アイツのことが。死ぬほど」


 普段から口の悪いレイブンが、不器用なりに言葉を選びながら自分の本心を京極へと告げる。恥ずかしいという感情ではない。自分の中の思いを言葉にするのに最適なものが見つからずに絡まっている。


「知ってるよ」


 京極はレイブンの思いをなんとなく理解していた。恋愛という分野に長けていないブレインズの中でも、京極は色恋に関しては高い感受性を有している。そして、これまでの会話や行動からレイブンのことを少なからず理解していた。とはいえ、完全に理解しているというわけでもない。


「そうじゃねえんだ!普通の好きじゃなくてよ……」


 簡単にレイブンの言葉を受け取った京極に対し、彼は細かいニュアンスの理解を求め、それを説明するための言葉を探して頭を掻く。


「なんつーか……、アイツのためなら死ねるって感じの……」

「そうか」

「いや、その感じ絶対分かってねえだろ!」

「ああ」

「だー、もう!」


 自分の語彙力の無さと京極の理解力の無さにイラつきもう一度盛大に頭を掻くと、レイブンは砦の外へと振り向いて、誰かに聞かせるように話し始めた。


「俺がラースに拾われた話はしたよな」

「聞いた」


 ラースの馬車を襲ったレイブンがラースに雇われて騎士見習いになった話だ。


「それからアイツとは何度も顔を合わせるようになって、俺たちには歳の近いダチなんていなかったからすぐダチになった」

「それで好きになったのか?」

「誰にでもすぐ惚れるお前と一緒にすんじゃねえ」


 京極は過去の行いをレイブンになじられるが記憶にないので白を切る。


「でもまあ、まったく恋愛感情が無かったわけじゃねえ。それでも、もっと感謝してるっつーか、尊敬してる、みたいな感じだったんだ」

「なるほど」

「本当に分かってんのかよ」

「まあ続けろよ」


 レイブンは京極の言葉に少しだけイラっとしたが気にせず続ける事にした。


「そもそもアイツと俺は身分が違う。俺が好きだからって何とかなる相手じゃねえ。だからそんな気持ちは諦めて、ただアイツが幸せになれりゃ良いって思ったんだ」

「現実的な判断だな」

「そこにお前が現れた」

「ノリトが、な」


 京極には当時の記憶が無いため、他人事のように話を聞いていた。


「お前はラースに会って早々口説き出しやがった」

「き、記憶に無いな」

「今日もやってただろうが」

「体が勝手に……」

「今日は笑って見てたけど、あの時は殺そうかと思ってたぜ」

「収めてくれてありがとう……」


 引きつった笑顔で感謝する京極にレイブンはニヤッと笑って返事をした。


「でもその後、俺たちは一緒に旅をすることになった。その時にお前が言ってた言葉、『想いと行動が重なった時に不可能はなくなる』ってのに俺は共感した」

「そんな事言ってたのか、俺」

「最初は何言ってんだって思ったけどよ、旅の中で徐々に理解したんだぜ。あそこの森でお前を殺そうとした時とか、魔獣の群れにやられそうになった時とか、初めて魔人と戦った時とかな」

「ちょ、ちょっと待て。お前サラッと殺そうとしてたろ俺の事」


 予想外のカミングアウトに驚き問い詰める京極に、今までにない爽やかな笑顔を返すレイブン。


「あの時に俺たちは親友になったんだぜ。今となっては良い思い出だ」

「良くねえだろ!」

「そうか?」

「そうだ!」

「でも覚えてねえんだろ?」

「覚えてない……」

「じゃあ良いじゃねえか」

「良い……のか?」


 言いくるめられる京極を余所にレイブンは話を進める。


「それからは俺が魔王を倒して、その功績を引っ提げてラースと結婚しようと決めた」

「決めた、って向こうが嫌ならどうすんだよ」

「それならそれでいい。アイツは旅に出なきゃ政略結婚させられるとこだったんだ。アイツはそれを嫌がってたからな。隠れ蓑くらいにはなると思った」

「そうだったのか……」


 レイブンは自分の思いに正直になりながらも、ラースの事を一番に考えている。そんな男の真剣な思いを他人事のように聞くべきでない。自分もこの男と真剣に向き合おう。そう思い、京極はレイブンに視線を合わせ話を聞き始めた。


「その旅の途中で、ラースがお前に惚れてると気付いた」


 京極はレイブンからスッと目を逸らし、遠い夜空の星を眺めた。




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