第19話 思い出

 月明かりの照らす砦の上で再会の宴が開かれた。

 始めは主催者である女王のラースと御付きのアシュリー、地下牢から脱獄した京極、レイブン、ユニの5人だった。そこに後から少しずつ人が増え、手土産の食料も増え、酒が加わり、歌と楽器も披露される大所帯での宴となった。


 ラースはブレインズの京極ノリトが救国の勇者ノリトであると確信したが、その一方で魔人であるという事実に女王としての立場で対応しなければならず、大勢の部下の眼前で捕縛と投獄という選択肢を取らざるを得なかった。


 その事についてラースは謝罪すると同時に、再会できた幸運に感謝している。同様に、異世界への趣きノリトを救出したことについてレイブンに感謝の言葉を述べ、地下牢送りにした事を謝罪していた。


 とはいえ、王女に頭を下げられたレイブンは気にする様子もなく、「慣れてるから気にしてねえよ」と謝罪の言葉を突っぱねた。ラースもラースで、「それもそうね」と笑って見せ、酒の入ったグラスを掲げて勢いよく飲み干した。


 釣られるようにグラスを煽るレイブンを見ている京極は、頬を少し赤くしたラースに声をかけられた。


「飲まないの?」

「俺は飲食を必要としない」

「ふーん。つまんなくないの、それ?」

「そう思った事はないな」

「でも味覚はあんだろ」


 レイブンがふたりの会話に割って入る。彼は酒には強くないのか、ラースよりも赤くなった顔が焚火に照らされている。


「それならこの果実酒を飲んでみなさい!絶対美味しいから!」


 ラースの押しに負けグラスを受け取ってしまったノリトは、ふたりの視線を浴びながら思い切って酒を口に運んだ。口内のセンサーが反応し液体の情報を感知する。五味のうち甘味と酸味が強い。アルコールの度数の計測もされ、24度という計測結果がでた。


「割と度数が高いな」

「美味しいでしょ」

「そうでもねえよ」

「それはあなたがお酒弱いからよ」


 ラースの言葉に余計な一言を挟んだレイブンが軽くあしらわれる様を見て、今日これまで見てきたレイブンの頼りになる姿とは違う、素の部分を垣間見ることができた気がして、京極はなぜか懐かしい気持ちに包まれていた。かつてこんな日常があったような、そんな気がしてならない。


 それはきっとかつての勇者ノリトの話であって、自分には関係の無い話なのかもしれないが、それでも京極は知りたいと思った。


「教えてくれないか。昔の俺の……、ノリトの話を」


 京極の頼みを聞いたふたりとの間に少しだけ沈黙が訪れたが、その沈黙は楽し気な歌と演奏にかき消され、ラースの言葉へと繋がった。


「そうね、話しましょう。私たちとあなたの……、ノリトの思い出を」


 そうしてラースは語り出し、京極は真剣に聞いた。レイブンは茶々を入れながら話に混ざり、ユニは京極の隣で寝息を立てている。火を囲んだ4人は2年に及ぶ日々を振り返って騒がしい夜を語り尽くした。


 ノリトが異世界へ飛ばされた姉を探してこの世界に来た事。知り合いのいないノリトがナナエという村娘に世話を焼いてもらった事。レイブンが小さいころに生活のため馬車を襲撃してラースと出会った事。ラースが騎士見習いとしてレイブンを雇い城に住まわせた事。そしてこの4人が魔王を倒すための勇者として選ばれた事。


「ノリトが剣士でレイブンが騎士だったわ」

「つまり前衛だ」

「私が魔術師でナナエが回復術師だったの」

「中衛と後衛ってところだ」

「魔術師……?」

「魔法を使うのよ。魔法、知らない?」

「俺の秘匿の炎と違って色んなの出せるんだぜ。氷とか雷とか」

「適正さえあれば誰でも出せるわ」

「それ誰でもって言わないだろ」

「理論上誰でも出せるの!全員に情念リビドーがあるんだから」


 魔法についての説明でまたもや揉めているレイブンとラースを眺めつつ、京極は不思議に思っていた。ノストラでは人類が情念を制御することができず怪物へと成り下がるのを防ぐためにブレインズへと進化する道を選択した。


 しかし、この世界では情念を使いこなし、秘匿開錠というブレインズの奥義だけでなく魔法という超常を発揮することもできる。これこそが人類が本当に進むべき進化の道だったのではないか。そんな思いが京極の中に渦巻き、ブレインズへの小さな疑念が芽生えていた。


「話しを続けるわ」


 京極が考え込む間にもギャーギャーと言い争っていたふたりはやっとひと段落ついたらしく、額の汗を袖口で軽くふいてからラースが思い出話を再開した。


 パーティの結成から旅立ち、戦い、成長。いくつかの試練と苦難を経て固くなっていった結束と絆。ぶつかりながらも強くなっていった心と体。そして最後に訪れた魔王との邂逅。


 その話まで辿り着くのにかなりの時間を要し、レイブンの顔は真っ赤に染まって、焚火の勢いも弱弱しくなっていた。宴の参加者も徐々に減り、すでに始まりの5人しか残っていない。彼らは帰り際にラースだけでなく、京極やレイブンにも挨拶をしていった。


 彼らはかつてノリトら勇者一行が救った命であり、身寄りがなかったり仕事を失ったりした人たちであるとラースの思い出話で語られていた。今では王城で働いているのだという。


「少し休憩しましょう」


 楽し気に語り部を務めていたラースが、あと少しで終わりという魔王との戦いの直前で急に間を取った。京極には分からなかったが、レイブンは深刻な何かを感じ取ったように低い声で返事をして、消えそうな火を眺めていた。


 

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