第17話 20
「ところで、この扱いの差はなんだ」
鎖に繋がれて移動が制限された中で京極は廊下に面した牢の外を見て問いかける。問われたレイブンも同じように壁を隔てた隣の牢から外を眺め、京極の見ているのと同じものを見た。
「うみゃうみゃ……」
ふたりの視線の先には一際広い牢があった。牢と言うにはあまりにも快適で、応接間と言っても差し支えのない場所。温かみのある暖色の照明灯に照らされた床に敷かれた厚手のラグ。更にその上には食べ物と飲み物が山のように用意されている。
その部屋の中心にある巨大なクッションに大の字になっているのは、小さな獣人であり、レイブンと共に京極の誘拐を実行したユニであった。しかしユニはレイブンと同じ罪を犯したにも関わらず、そのレイブンや京極よりも遥かに上質なもてなしを受けている。
「おいユニ、こっちにもブドウくれよ」
「うみゃうみゃ……」
レイブンの呼びかけに応えず彼女は横になったまま食料を頬張る。
「アイツ、寝ながら食ってやがる」
「じゃなくてよ」
寝ながら食事を行うという離れ業に京極は驚きはしたが、それ以前に京極はこの扱いの差について聞いているのだ。
「まあ、アイツは長老だからな。俺たちより偉いんだ」
「長老……?」
京極は顎に手をおいて考え込む。長老と言う言葉が自分の考えているものと一致しているのか不安になったからだ。長老とは経験と人徳のある人物を指すと京極は考える。その観点で言えば彼女はどう見ても幼すぎるし、小さすぎる。
小さいというのは京極にとって重要な違いだ。何故なら京極のいたノストラでは18歳以上の人間しか存在しない。そのため体の小さい子供というものは歴史の中にしか存在せず、1m弱しかないユニは京極にとって初めて目にした謎の生き物なのだ。
「前も言ったけどよ、ユニはデグーの獣人だ。体が小さいのは生まれつきで、あれでもちゃんと20歳」
「に、にじゅう!?あのサイズで!?」
京極の素っ頓狂な声が廊下に響き渡る。しかし無理もない話だ。人生で初めて見た子供だと思ったら自分よりも年上だったのだから。開いた口が塞がらない京極にレイブンが追い打ちをかけるように補足する。
「20って言ってもよ、デグーの獣人は寿命が短い。だからその年でも長老になれるってわけだ」
「寿命……」
寿命。その言葉が京極の胸に突き刺さった。ブレインズは脳以外の全身が機械でできているためケガや病気をほとんどしないが、死ぬ時期は決まっている。脳の劣化が認められた時だ。
五六式の
だからこそ、死とはルールによって定められたものであり、ブレインズは死を受け入れて来た。
しかし、この世界の死や寿命というものはブレインズの世界とは違うのだ。人は簡単に死ぬ。受け入れる暇など無く、それは理不尽に降りかかる。
「獣人の……、彼女の寿命は何年だ……?」
京極は恐る恐る尋ねた。自分でも何故かはわからなかったが、人の運命的な死が、受け入れるべき寿命が、突然恐ろしいものに思えたのだ。レイブンは唇を噛む。そして問いかけに答えるかしばらく悩み、口を開いた。
「20年だ」
京極は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、しばらく声も上げられず動くこともできなかった。目の前のユニという獣人がもうすぐ死を迎えるという事実を受け入れられない。意味が分からない。どうして。死という理不尽に対抗するにはあまりにも無力な疑問しかその脳は生み出してはくれない。
出会って間もない、記憶にもないユニという少女が死んだところで京極にとって大きな問題があるわけではない。だが、それでも、彼女はこの世界では京極と関係の深いひとりであると同時に、行方不明になった京極を救おうと世界を渡るという危険を冒した人物。京極を大切に思う人。
京極はそんな彼女の早すぎる死を受け入れられそうもなかった。
「だからよ」
言葉を失う京極に、レイブンが口を開いた。
「ユニは死んじまう前にお前に会いたかったんだってよ」
レイブンの言葉にはどこか満足そうな感情が混じり、隣の牢へと届けられた。京極は自分の記憶がないことを恨んだ。これほどまでに自分を思ってくれている仲間がいるのに、どうして思い出せないのか。どうして彼らの思いに応えることができないのか。
涙は溢れない。だが京極は目を閉じた。脳裏には今日起きた出来事が浮かぶ。短い間に起きた様々な事を思い出し、それを心に刻んでいく。
世界を超える再会をして強く抱きしめるレイブン。レイブンの背中から現れ懸命に手を振るユニ。京極を本物のノリトと認め笑顔と涙を見せるラース。そのどれもが喜びの感情を溢れさせていた。
レイブンは感傷に浸る京極を察してか、それから口を開かなかった。京極は暗い牢の中でひとり、これからの事を考えて目を閉じた。
地下牢にはユニの心地良さげな寝息だけが響いていた。
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