第16話 地下牢
暗い廊下、響く足音、後ろへ伸びる影。
歩を進める度に揺れる鎖の音が静まったのは、地下牢の奥深くに京極が辿り着いた合図だった。拘束を担当する兵士は丁重に、且つ厳重に京極の両手首を封じる手錠を牢の柱に鎖で留め、何度も錠が外れないか確認した。
最後の確認が終わると兵士は、用の足し方や寝床の使い方などのいくつかの注意事項を伝えて下がった。隣の牢からは「んなもん分かってるっつの!何回入ってると思ってんだ」という悪態が聞こえる。この口の悪さはレイブンのものだ。
そんな態度をとったにも関わらず、兵士は怒鳴りもせず頭を下げてその場を後にした。足音が離れると、遠くで重い扉が閉まる音がして、そこから静寂に閉じ込められた。地下牢は小さなオレンジの明かりに照らされている。
「どうやら俺は歓迎されてないみたいだな」
先に口を開いたのは京極だった。壁越しに向こうのレイブンに話しかける。無理矢理連れて来られたこの世界では自分はかつて勇者だったと聞いていたが、今はこの世界の人々と敵対する生物である。
記憶もなく姿かたちもかつてと違う自分を過去の勇者ノリトとして受け入れないのも当然、というのが京極の考えであり、地下牢に拘束するというラースの判断に理解を示していた。
「そのうち歓迎されんだろ」
ぶっきらぼうに返事をするレイブンは、現在のブレインズ京極ノリトを過去の勇者ノリトと同一視して疑わなかった。それがどうしても京極には理解できなかった。
「俺は本当にお前らの仲間なのかよ」
暗闇のなかで己が何者かを問う。レイブンの答えが肯定であることは知っていたが、それを受け入れきれずにいるからこそ口に出してしまう疑問。レイブンは壁越しにでもその感情の機微を感じ取り、質問に質問で返した。
「お前なんでノリトって名前なんだよ」
「え……?」
不意に問われ言葉に詰まる京極に再びレイブンが問う。
「見た目が変わって記憶も無くなって、それでも偶然ノリトって名前になってのか?」
レイブンの疑問は純粋な疑問であり、確信を持っていたわけではなかったが、それでもそこには京極ノリトがノリトである証拠があると信じていた。
「京極は養子になった両親の姓だ。俺たちは三六式以上の
「んなことどうでもいいんだよ!名前だ、名前!!」
京極が語り始めた名字についての説明はレイブンにとって分からないことが多い上に興味が無かったため、途中で遮って名前についての話題を求めた。すると京極は、少し口籠った後に、ぼそぼそと恥ずかしそうに呟いた。
「俺たちは名前を……、自分で決めるんだ……。記憶はないけど、なんとなく、自分がそう呼ばれてるイメージがあったから……」
「やっぱりなぁ!!」
京極からレイブンの表情は見えないが、一段と高揚感に溢れたその声には無垢な笑顔を浮かべる青年の姿が見えた。
「ってことはよ、その髪の色は?」
「なんとなく、自分に合ってる気がして……」
「似合ってんぜ、親友!」
一段と機嫌を良くしたレイブンの笑い声が、暗い地下牢にはよく響いた。
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