第15話 魔人

「口の利き方に気を付けろ。魔王討伐の功績があるとはいえ貴様は平民の身。ラース王女に気安く話しかけるなど許されるものではない」


 白を基調とした鎧とマント、優雅な立ち振る舞いとレイブンへと向けた長剣。彼が騎士と呼ばれる存在であると、異世界から迷い込んだ京極にも理解できた。京極の世界には実在はしないが、物語ではよく見かける存在であり、旧人類が世界の支配者であったころの歴史には存在していたと聞く。


 その騎士が目の前に現れ、レイブンに刃を向けている。レイブンは尻込みする様子もなく騎士を睨みつけていた。


「剣を下ろしなさいマクベス。私は気にしません」


 騎士の影から聞こえる女性の声が騎士の動きを止め、臨戦態勢を崩した。そしてマクベスと呼ばれる騎士が一歩二歩下がり、主を前へと押し進める。声の主はレイブンの目の前まで来ると今度は彼に向けて口を開く。


「それで、ユニ様を攫った理由を説明してくれるかしら」


 怒りと呆れが混ざり合った声色でレイブンに説明を求める女性。京極の位置からは騎士と重なって彼女の姿が見えない。レイブンは困ったように槍を抱えた右腕で頭を掻いて、説明の順序を考えていた。


「あーっと、それはなんて言うか……」


 歯切れの悪いレイブンの言葉に、周囲を取り囲む大勢の兵士の警戒が強くなる。当然、ラース王女と呼ばれた少女も追及の姿勢を強める。


「早く説明しなさいよ」

「だから説明がムズイんだよ!」

「だったら全部一から言えばいいじゃない!」

「こんなに人がいたら言えねえ事もあんだろが!」


 王女と言い争う平民。この状況を不思議に思っていた京極は、彼女の名前をヒントにやっと二人の関係性を理解した。ラースとは、レイブンと共に魔王討伐の旅に出た仲間の名前であり、つまり彼女は王女でありながらレイブンと苦楽を共にした仲であるため、粗暴な言葉遣いを許されているのだ。


「あなたのことだから何か考えがあっての事と思ったけど、違うみたいね」


 しばらくの言い合いの後、ラースはこれ以上の追求は時間の無駄としてレイブンを見限ろうとし、それに対して彼は周囲を気にしながらも意を決してラースへと打ち明けた。


「ノリトを……、ノリトを連れ帰って来た……」


 絞りだす様な言葉と苦しそうなレイブンの表情。京極は理解ができなかった。彼の表情が曇った理由も、騒然とする周囲の兵士たちの考えも、そしてラースが歓喜と疑念の間で揺れ動く感情をレイブンにぶつける意味も。


「デタラメ言わないで!ノリトがいるわけないじゃない!!」

「いるんだ」

「ノリトは魔王と相打ちになって消えたの!どれだけ探しても、ユニ様の秘匿でも見つけられなかったじゃない!!」

「ああ……」

「なのに今更そんな、希望を持たせるようなこと……」


 ラースはついにレイブンの胸で涙を流した。金色の柔らかな髪が風に揺れ、それを見守るように青い髪が空を覆う。小さな体に抱えていた感情を爆発させる彼女を抱きしめるためには彼の腕は足りなかった。だからレイブンはラースに額を当てて囁いた。


「お前に期待させといて、ダメだったなんて言えねえから今まで黙ってた」

「……」

「ユニにも嘘をついてもらった」

「……」

「アイツは記憶がねえ。それでも間違いなくアイツだ」

「……」

「後ろ向いて見ろ。見た目も違うがこれが今のノリトだ」

「………………うん」


 ラースは涙の後を手で拭い、大きく息をしてから振り向いた。


 深紅のドレスのような鎧がひらりと舞う。キラキラと光を集めては弾く黄金色の髪に、エメラルドを取り込んだような大きな緑の瞳。小さな顔と小さな口が可愛らしい印象を持たせるが、決して儚げではなく凛々しい表情と佇まいをした少女。齢は18かそこらでありながら、王女としての気高さと少女としての幼さが同居した美貌を有している。


 そんな彼女が潤む瞳を堪えながら京極と対面した。


「綺麗だ……」

「んなっ……!」


 思わず京極の口から零れたのは彼女への賞賛の言葉だった。そして、その言葉を受けたラースは思わず堪えていた涙を溢れさせた。


「わ、悪い!泣くほど嫌だったか!?いや、そうだよな、いきなり口説いたりしたら気持ち悪いよな!本当にすまない!!」


 焦りながら懸命に謝罪する京極を余所に大笑いするレイブン。


「ハッハッハッ!変わってねえな、ノリト!」


 ラースは流す涙を隠すこともせず、泣きながら笑顔を作る。


「本当にノリトなのね、あなた」


 ふたりの言葉が何を示すのかわからず困惑の表情を浮かべているとラースが優しい笑顔で言葉をかけた。


「あなた、初めて会った時もそうやって口説いて来たのよ。私、王女なのに」


 京極は過去の自分と同じ行動を本能的に行っていたと知って恥ずかしさを感じたが、それを決して表情に出さなかった。するとレイブンが続けて述べる。


「そうやって会う女会う女と良い雰囲気になって、ハーレムでも作ろうとしてんじゃねえかって俺たちで警戒してたんだぜ?」

「ナナエも最初、口説かれたって言ってたわ」

「この女たらしが」


 ふたりから記憶にない出来事を責められ、過去の自分を呪う京極の表情が苦々しいものに変わっていったのを見て、ふたりは満足そうに笑い合った。


「色々変わっちゃったけど、この赤い髪も、ノリトって名前も、すぐ女の子を好きになるダメな性格も、すごくノリトらしいわ」


 そう言ってラースは京極を抱きしめた。京極はどうすればいいかわからず、レイブンは少し悲しそうな顔をしていた。それでも、この世界には平和で穏やかな時間が流れていた。この時までは。


「あなた……」


 ラースがそっと京極から離れ、二歩、三歩と距離を取る。そして、腰の剣に手をかけた。


「魔人なのね」

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