第14話 首狩り
そしてレイブンは語り出した。昨日の出来事を伝えるように楽し気に、昔の事を思い返すように儚げに、夢の記憶を語るように大袈裟に。レイブンの話を聞いていくうちに京極から見た彼の印象は、しかめっ面の短気な青年から表情豊かな年相応の快活な青年へと変わっていた。
「俺はこことも違う別の世界から来た……?」
京極はレイブンの話の中で、自らのの生い立ちを聞き驚き声を上げた。レイブンの言う事が本当であれば、ブレインズとして生まれる前にノストラの存在しないこの世界にいた。そして、その前には他の世界にいたという。
「おう。俺が15の時だから3年くらい前だな」
「3年……。どこから来たとか言ってたか?」
「聞いたけど知らねえ国だから忘れた」
「ノストラじゃないのか!?」
京極は食って掛かるがレイブンは首を斜めに傾げ、口を半開きにして少し考えてから答えた。
「さあな。でも消えた姉を探してこっちの世界に来たって言ってたぜ」
「俺に姉弟が……?」
「お前が来る前の年に勇者召喚があってよ、そのひとりだったみたいだぜ」
「今どこにいる!?」
その姉であれば過去の過去、この世界の前の世界の、本当の自分を知っているはず。そう確信した京極は自分の中で揺らいでいる自身のルーツを知るために、姉の所在を尋ねた。
「俺たちが旅に出たのはお前の姉を探すついでだったんだぜ。魔王を倒しに行けばその途中でお前の姉に会えるはずだってな」
レイブンの微妙な言い回しに、京極はその先を予見した。
「会えなかったんだな」
レイブンは無言で首を縦に振る。暫くの沈黙の後、重い口を開けてレイブンは告げた。
「多分、首狩りにやられた」
首狩り。不穏な単語に京極は息を飲む。そして無闇に口を挟むことなく、レイブンの言葉を待った。
「首狩りってのは魔人の仕業だ。アイツらは俺たちの首から上を千切って、持って帰って喰う習性がある。だから持ってかれた首は見つからねえ。もしかしたらお前の姉も……」
姉もすでに死んでいる。レイブンが申し訳無さそうに、そう言おうとしていたのは分かった。だが、京極には違和感があった。自身がレイブンの毛嫌いするブレインズのひとりだから気付く違和感。
「なあレイブン……さん」
「今更遠慮すんなよ。親友だろ」
毛嫌いするブレインズのひとりのはずなのに、京極に笑顔を向ける。
「じゃあレイブン……、俺たちブレインズがその、魔人なんだよな?」
気恥ずかしさを感じつつも彼の名を呼び、京極は前提を確かめる。レイブンが式典を襲った時の怒りと命を奪う迷いの無さ。それは本物であり、首狩りを行う魔人への報復であったという、認めたくない事実への答え合わせ。
「ああ。脳ミソしかねえのと、特有の匂い。あとは体が機械で卑怯ってとこで決まりだ」
「卑怯ってのはどういうことだよ」
京極は少しムッとした表情で尋ねる。
「アイツらは死んだふりとか命乞いで油断を誘い、隠してる武器で人を殺す。そうやって何人もの仲間が死んだ」
「それは……」
戦いならば仕方のないこと。京極はそう言おうとしてやめた。その行動は訓練兵として学んだ生きる術ではあるが、それを言う事で自称親友であるレイブンに蔑まれるのは避けたかった。
「そもそも全身機械で怪我しねえって時点で俺ら人類にとっては卑怯だろ」
「そう、かもな……」
京極は認めざるを得なかった。レイブンの失われた腕が視線を奪う。ブレインズであればスペアパーツと交換すれば何も問題ないが、この世界の人類はそうはいかない。生身の身体で受けた傷を一生背負い続けなければならないのだ。
「それで。なんか聞きたかったんじゃねえの?」
話の腰が折れたことを察してレイブンが軌道修正を行う。そうだった、と呟きレイブンの話に生まれた違和感の正体を確認する。
「俺たちは、ブレインズは食事を必要としない」
「はあ!?じゃあ肉も魚も果物も食わねえのか!?」
あまりの大声で驚くレイブンに京極は驚き瞬間的に体が跳ねる。その様子にふたりは顔を見合わせて小さく笑い合い再び会話に戻った。
「体が機械である以上必要なのは動力だけだ。そしてその動力は脳から補う」
「だから脳だけは生身なのか」
「そういう事。味覚は感じるからノストラにも食べ物は一応あるが……」
「おうおう!どんなのがあんだよ!」
レイブンは目を輝かせて興味津々で尋ねる。
「ガムだ」
「ガ、ム……?」
別の世界の食べ物だから分からなくても仕方がない、と理解を見せつつ京極は語る。
「俺の世界にブレインズが生まれる前、旧人類が食べていた食べ物の味を再現した噛むゴムだ」
「おええええええ」
レイブンにはお気に召さなかったらしい。
「もういいから続きを話せよ」
片手で払いのけるようなジェスチャーを見せるレイブンに対して、自分から聞いておいてなんて勝手なやつだ、と思う気持ちをその身に収めつつ、京極は核心に迫る。
「だから、ブレインズは首を刈っても食べたりしないって話だよ」
「あ?ああ……。確かにそうか」
レイブンは頭を抱える。獣の耳が小さく動く。京極の目はそればかり追っていた。それを見たレイブンは京極の代わりに口を開く。
「じゃあよ、その首はどこに――」
「貴様ら動くな!!」
穏やかな陽気に立ち込める暗雲のように、草原に喧騒と大勢の足音がなだれ込み、京極とレイブンは武装した集団に包囲されていた。とはいえ姿は重装騎士や騎馬兵。魔導士のようなローブ姿の者もいる。京極にとっては物語の中に登場する兵士のような敵ばかりで、困惑の色を隠せない。
一方でレイブンは慣れた様子で、今は隻腕になってしまった両腕を上げて無抵抗を示していた。
「遅かったじゃねえか、お姫様」
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