第13話 小春日
目を覚ました京極は絶句した。
穏やか陽気に包まれた草原に仰向けで寝転び、陽光を一身に受けている自分の姿に気が付いたからだ。これは何かの間違いだろう、という京極の期待を裏切るように、風は肌を撫で、花の甘い香りを運んでくる。
「ここは……、ノストラじゃないのか……」
京極は割れる様な頭の痛みに耐えながら記憶を遡る。覚えているのは槍を持った青年と抱き合った場面。そこから先はよく覚えていない。だが、この心まで温まるような空間が、自分のもといた国とは異なることを示している。
「暖かい……」
京極は太陽に手を伸ばす。これほどはっきりと日の光の暖かさというものに触れるのは、京極にとって初めての経験だった。
核の冬。それがノストラの凍てつくような寒さの原因だという事は座学で聞いていた。それは核戦争を発端とする大規模な環境変動によって、地球が寒冷化する現象。
旧人類が
各国が競うように用いた核兵器により地は焼かれ、死の灰や塵が舞い上がり、地球全体が覆われていった。陽光は黒く厚い雲に阻まれ、雪は降り続け、長い長い冬だけが残った。
そんな世界で唯一、情念を扱いこなしたのがノストラだった。脳から生み出される情念により異常をきたす身体を機械化することで怪物になるのを防ぐ。その手法を確立したノストラは崩壊する世界で唯一生き残った。
そして、自らを新たな人類として、『ブレインズ』と呼称するようになった。それから82年経ってなお、旧人類の残した負の遺産である核の冬がノストラを苦しめていた。多くの国民は暖かな季節を物語の中でしか知らないのだ。
「これが…春……?」
「今は秋だっつの」
京極は若い男の声に反応し上体を素早く起こした。声の主は青い髪の青年。戦闘時よりは随分とリラックスした様子で槍を肩に抱えている。
「ここはどこだ」
京極にも戦闘の意思は無かった。こんなに暖かい、物語のような平和な世界で、今更戦ったところで何になるのだと、半ば投げやりな気持ちではあった。
「本当に覚えてねえんだな」
「……」
青年は悲しそうに笑う。京極にはその様子の意味が理解できない。
「ここは俺とお前とラースとナナエ。俺たち4人の旅立ちの場所だ」
「ラース……、ナナエ……」
京極は頭の奥が痛む。聞いたことのない名前が告げられたはずなのに、京極はその名を懐かしく感じた。知らない人物のはずなのに、ぼんやりとした面影を頭の中に描いていた。
「覚えてねえなら今覚えろ。俺はレイブン。そんでこっちが――」
「ユニだよー」
口の悪い青年改め、レイブンが名を名乗り、その足元に引っ付いていた小さな子供のようなユニが眠そうな目を擦りながら京極に手を振る。しかし、眠気が限界に達したのか、ユニはレイブンの足元に倒れ込み穏やかな寝息を立て始めた。
「なんだこの生き物は……」
京極は宇宙人でも見る様な困惑と驚愕の表情でユニを見ていた。
「デグーの獣人だ。俺はオオカミの獣人。別にこっちの世界じゃ珍しくもない」
レイブンの答えに京極の疑問は増すばかりで、すぐさま次の質問を投げかける。
「獣人ってなんだ……。こんな小さい種族がいるはずがない。それにこっちの世界ってのはどういう意味だ!?」
疑問が生まれるごとに現実が受け入れられなくなり、ヒートアップしていった京極を冷静にさせたのは、彼の視線に入ったレイブンの左腕だった。
それは白老との戦いで退却の隙を得るために犠牲にした部分であり、肘から先が失われたレイブンの姿に京極はこの時気が付いたのだ。だが、その戦闘は京極が気絶している間に起きた出来事であるため、京極はその経緯を知らない。それでもレイブンが失った腕を見て京極は衝撃を受けた。
「お前……、ブレインズじゃないのか……?」
「あんな脳ミソ野郎どもと一緒にすんじゃねえ」
レイブンは嫌悪するように吐き捨てる。
「俺たちは脳ミソ野郎を、魔人どもを殺してきた」
京極は理解する。ここは自分のいた世界とは違う。生身の肉体を有する旧人類の世界なのだと。
「そしてお前は――」
レイブンはゆっくりと京極を指差し、張り付いたような眉間の皴を緩ませ、優しい笑顔を見せて続けた。
「魔王をぶっ倒した勇者様なんだぜ」
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