第12話 代償
白老と青年の勝負はそれほど多くの時間を要さなかった。
「鍛え足りないのでは?」
「クソ馬鹿力が……!」
鍔迫り合いとなった両者の力比べ。機械の肉体で高い出力を発揮し、有利に立っていた白老は徐々に刃を青年の肌へと近づけていく。槍では分が悪いながらも応戦する青年は額から一粒の汗を垂らす。
ここまでの連戦をひとりでこなしてきた青年にも疲れの色が見えたか、それともこの日初めて感じた敗北の可能性に怖気づいたか。あるいは、絶対の自信を持って張り巡らせた業炎の結界を強行突破し、炎を纏いながらも戦い続ける白老に気圧されたか。
いずれにせよ、青年はこれまでにない劣勢に陥っていた。
「できた!」
その劣勢に変化が生じたのはユニが作業の完了を報告してすぐのこと。
「てめえに用はねえんだよ!」
白老の剣を押し返そうとする青年の声に反応するように、錫杖槍のリングが回転し炎を放つ。いつの間にやら二つしか残っていないリングが槍を離れ飛び回り、白老の首元と腹部を押し返すように突撃する。
咄嗟の判断。
白老は青年の狙いを理解し、両手での武器の押し合いを諦めた。自立可動型武器で間合いを広げ、逃走する隙を作りに来ている。それならばと白老は右手の剣でそのまま槍を封じ、左手で相手の前腕を掴んだ。
肉の焦げる匂いがする。
燃え続けている白老の身体は鋼鉄でできているが生身の人間よりも熱には強く、多少の機能低下があっても動きに問題はない。そのため表面のコーティングが取れ、むき出しになった機械の骨格が高温の状態でも戦闘を継続できていたが、青年の肉体は違った。
青年の肉体は機械ではなく生来のもの。生身の肉体は高温の金属に触れられた事で皮膚が焼かれ肉を焦がす。熱は痛みへと変わり青年の動きを鈍らせる。
はずだった。
「そいつはやるよ」
青年は悟ったような顔をしていた。身を焦がす苦しみなど感じてはいないよう。それどころか、どこか晴れやかにも思える表情。白老は信じられない様子で自身の左手に視線を移す。真黒に焦げた無骨な腕と熱で多少変形した手指。そして火傷が大きく広がる青年の腕がある。だが、そこから先はなかった。
青年は白老に腕を掴まれた際、時には盾として、時には飛び道具として役割を持っていたリングを操作し、炎の刃で自らの左腕を切り落としたのだ。切り口は即座に焼け、塞がったため流血は少ない。
炎の刃は勢いそのままに白老の元へ向かう。掴んだはずの腕が青年の身体から切り離されたことにより、白老の重心が後ろにかかっていた。そこへ青年の蹴りとふたつの炎の刃が襲う。三点への攻撃は推進力となり、白老は後ろへと吹き飛ばされた。
「代わりに親友は返してもらう」
青年は後ろへと飛び退きユニと合流する。その足元には、式典に侵入した時と同じような空間のひび割れがあり、はじめにユニが飛び込んだ。続いて青年に足蹴にされて横たわる京極が落ちていき、最後に青年が足を入れた。
「俺はお前らを許さねえ」
青年が去り際に告げる。それは純粋な憎しみの感情であった。
こうして、青年と白老の勝負は痛み分けで終わったのだった。
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