第10話 戦力

「赤平さん、『金の卵』って……?」


 聞き覚えの無い単語に興味を抱いた京極は赤平に問う。それを聞いた赤平は軽く後ろを振り返り、京極と短く視線を合わせた後、導師の方を見た。


「赤平」


 いつにも増して迫力のある、叱責するような導師の声。短い言葉の中に怒りにも似た感情が込められているのが、事態を理解していない京極にもわかった。心なしか導師の白い髪が逆立っているように見えるのは導師の気迫によるものだろう。


「シェルターまでの安全を確認したらこちらは他のB班に任せ、俺は会場に戻ります。導師から許可をいただければ、ですが……」


 赤平は歩を止めて導師に向き合った。交渉するように交差する視線。赤平には自分なら多くの命を救えるという絶対の自信があった。導師を護り通す事は大切な任務だが、ここで折れるわけにはいかなかった。


 しばらくの沈黙の後、導師は歩き出す。そして、赤平の横で口を開いた。


「許可する」

「ありがとうございます!」


 赤平は深く頭を下げ、再び導師の前に出て歩き出した。


 B班は階段を降りて地下へ。その後、通路を通りシェルターへと進む。途中、地下にも響くほどの大きな爆発音が聞こえ、足を止めることもあったがすぐに移動を再開した。


「あとは任せるぜ、ベイビー」

「赤平さん」


 シェルターの入り口に辿り着くなり、赤平が京極の背を叩いた。京極はすぐさま立ち去ろうとする赤平に向けて声をかける。


「死なないでくださいね」


 先輩の無事を祈る京極の言葉に、赤平は笑顔で答える。


「だから、俺は死なねえんだよ!」


 それを言い残すと、赤平は導師に向けてもう一度だけ頭を下げて走り去った。導師は背を向けたまま、開放されたシェルターの中へ進んでいく。導師に続いて他の要人らもシェルターへと入っていった。


 万が一シェルターの内部に敵が侵入したときに備え、護衛任務の兵もシェルター内に入ることになっているため、京極は導師の傍で周囲の警戒を続けた。しかし、京極の頭の中は戦場へと向かった赤平の事でいっぱいで、今すぐにでもここを離れ、赤平の後を追いたい気持ちが積もっていた。


「京極」

「なんでしょう、導師」


 そんな折、京極は導師から声をかけられる。

 

「君がいたところで何の役にもたたない」

「それは……理解しています……」


 京極は改めて言及された己の弱さを恥じて、拳を強く握った。もし自分に秘匿が使えたら戦力として認められていただろうか。そんな考えばかりが頭を駆け巡る。


 訓練兵として与えられた2年という機関の間にブレインズは秘匿を扱えるようになる。だがそれができるのは約5割の者だけ。あとの者は情念リビドーを利用した身体能力の強化程度しかできない。


 一般的な職について生涯を穏やかに過ごすならそれでもいい。だが、軍に所属して戦いに身を投じるならば、持たざる者は大きく後れを取ることになる。だが、京極はそんなハンデを乗り越えてこれまで過ごしてきた。悔しさを糧に努力を重ねてきたのだ。


 だからこそ、現状の無力感が憎かった。悔しかった。感情的になって導師の言葉の意味をはっきりと理解できていなかった。


「何か、勘違いをしているな」


 導師の言葉に、いつの間にやら俯き加減になっていた顔を上げた。自分よりも背が高く大柄な導師の強い意志を宿した真剣な表情を見て、今まで京極が考えていた多くの事が間違いであると気が付いた。


「京極、君がここにいても戦力は大して変わらない。だから――」

「ありがとうございます!!」


 京極は駆け出した。感情が高ぶるのが分かる。脳から情念が溢れて機械の肉体に力が漲る。導師は、京極が持ち場を離れる理由を与えて、好きに動けと伝えていたのだ。それに気が付いた京極は導師への感謝を伝え動き出した。


 京極はかつてないほどのスピードでシェルター飛び出し、廊下を走り抜けた。防衛を行うためにシェルターの外にいたB班の数人の間をすり抜け、階段を飛ぶように跳ね上がり、細い通路を抜けてコロッセオへと飛び出した。


「ベイビー逃げろ!!」


 京極は辿り着いた場所で赤平の叫びを聞く。

 すぐ目の前にはもう、青年が迫っていた。

 

「やっと見つけた……!『円炎えんえん』!!」


 京極の姿は、炎に包まれ見えなくなった。

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