第9話 要人警護

――侵入者出現後――


「赤平さん!」


 式典が開始して間もなく、謎の揺れに気が付いていた京極はその震源を探ろうと周囲と観察していた際、時空の裂け目からひとつの人影が現れるのをはっきりと見た。直後、人影が暴れ出したことで京極は先輩に指示を仰いだ。


「アレの相手はA班に任せて俺たちは要人の退避だ」


 さすがは数多の任務をこなしてきた中堅である。赤平は簡潔に優先事項を京極に伝え行動を開始する。その背中を見て、京極も退避ルートの確保を開始した。幸いにも侵入者の注意は要人側には向いていない。B班は淡々と退避を進めていく。


 コロッセオの二階にあるVIP席から特別なロビーを通り一階へ。そこから外に出ることもできるが、敵に別動隊がいる可能性も考えられるため、安全が確認されるまでは地下にあるシェルターで保護するというのが今回の護衛計画である。


「あとは任せる」

「赤平さん、どこ行くんですか!」


 B班・F班と共に要人を連れてロビーに出たところで、その場を離れようとする赤平を、京極は呼び止める。行き先はわかっていた。


「中に戻る。A班はニューフェイスどもの避難もあって戦える数が少ない」

「だったら俺も――」

「ならん」


 京極の言葉を遮ったのは赤平ではなく、より低く、より威圧的な声だった。


「根室導師……」


 ノストラの最高権力者である導師が、直々に赤平の独断を退けた。最高権力者の命令は絶対であるという事は軍にいる者ならば分かる事だ。だが、赤平は食い下がる。


「俺がいれば中のやつらを殺させないで済むんです!仲間を、子供たちを俺に守らせてください!!」


 京極はこれほど必死になる赤平を初めて見た。赤平とはまだ出会って二日目だが、それとなく人となりを理解した気でいた。飄々としているが根は真面目。先輩風を嫌味なく吹かすことができる兄貴肌。それが京極から見た赤平。


 そんな赤平が必死に頭を下げて懇願している。誠意をもって相手を動かそうとしている。その姿を見て、京極も自然と頭を下げていた。


「導師お願いします、先輩を行かせてください!!導師は俺が必ず守りますから!!!」


 こんな所で留まっているのが最も危険。全員がそれを理解している。だからこそ、それぞれの判断は早いものだった。


「ならん」


 導師は冷たく言い放つと二人を追い越し歩き始めた。京極と赤平は不満を抱きながらも急いで導師を追い抜き、護衛としての任務を再開する。


「京極」

「はっ……はい!」


 京極は一兵卒である自分の名前を、国のトップである導師が知っていた事に驚き、上ずった声で返事をした。


「未だ秘匿を開錠できていないそうだな」

「はい……」

「それで私を守れるなどよく言えたものだ」

「……」


 導師の口にした事実に言い返す言葉もなく、京極はただ自分の未熟さを悔やむことしかできない。


「赤平の秘匿は知っているか」

「いいえ」


 廊下の先で階段を下りながら問われた京極は正直に答える。赤平が秘匿を有している事は知っているが、その能力までは聞いていなかった。


「赤平、教えてやれ」

「はい。俺の秘匿『刈碍がいがい』は、俺の周囲半径20m以内の致命的な攻撃を無効化する能力だ。護衛任務に向いてるんだよ」


 京極は理解した。

 導師が赤平を行かせなかった理由。それが自らの保身のためであると。


 だがそれは仕方のないことだ。機械人形を作る科学技術と秘匿という超常能力を有するこのノストラという国で、人々を束ねることができる数少ない人物が根室導師なのだ。導師の命の価値は、他の誰よりも大きい。


 だから生まれ来る1万のブレインズたちよりも導師を護ることが優先するべきことであり、我々のような一兵士は命を賭して導師を護衛するべきなのだ。


 京極はそう考えて自分の思考に蓋をした。何も考える必要はない。与えられた任務を粛々とこなす事こそが兵士である自分に課せられた運命なのだと。


「ですが導師」


 京極の思考を打ち砕くように、導師に異を唱えたのは先を歩く赤平であった。


「今年は『金の卵』の収穫が少なかったのでは?」


 赤平の言葉に、導師の表情が曇りをみせた。

 

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