第5話 返答

「珍しいな」


 京極のプロポーズに対する白老の返答はこれだった。


「ブレインズは生身の肉体を持たないから繁殖行動はしない。そのため遺伝的な家族はいないが、年齢を重ねるごとに長年連れ添った者と家族愛のようなものを形成することはある。その一方で、恋愛感情というものは先天的に希薄な傾向があるんだ」


 自分でも意図していなかった突然の愛の告白に京極自身が驚いているのに対し、告白された側である白老は冷静に分析を口にする。


「だが君は衝動的に私への好意を伝えた。しかも、数段すっ飛ばしての結婚の申し込み。普通に考えれば常軌を逸している」


 京極は全面的に同意しながらも、恥ずかしさを堪えるのに必死だった。それでも白老は容赦なく考察を続ける。


「性的欲求を伴わない恋愛感情を有する君の脳。ここでは仮に恋愛脳と呼ぶとして、その恋愛脳は我々ブレインズにとって有益だ」


 白老は話しながら少しだけ口角が上がった。人類にとっての新たな可能性として京極に興味が湧いたのだ。一方、京極はその表情に見惚れていた。


「ブレインズのエネルギー源は『情念リビドー』であり、感情を利用しているのは知っているな?旧人類はそれを適切に変換することができなかったが、我々の肉体は情念を燃料にして運動能力を存分に発揮できるわけだ」


 白老の講義に京極は黙って頷く。話の中身は碌に聞いていない。


「そこで君の恋愛脳だ。衝動的行動を抑制できないほどの恋愛感情をエネルギーにすれば、恐らくはとんでもない性能を発揮できるはず……。いや、もしかしたら君が秘匿開錠を手にしないまま優秀な成績を収めているのは恋愛脳によるものか……!」


 長い睫毛に包まれた大きな目を輝かせ、嬉々として仮説を提唱する白老の姿を目に焼き付けながら、京極は恐る恐る尋ねる。


「し、白老警備部長……。それで、返答は……」


 答えはノー。分かっていながらも一縷の望みを捨てきれないのが男の性。当たらないと分かりつつも宝くじを買うようなもの。


「ああ、それなら……」


 だが、宝くじは買わなければ当たらない。


「君が二〇式に乗るまでに優秀な成績を収めていたら考えてやろう」

「本当、ですか……!?」

「私は嘘をつかないよ」


 予想外の返答に心の中で京極は狂喜乱舞した。結婚の承諾をもらったわけでもないが、可能性が残ったことに喜んだのだ。宝くじを買ったら、次回の宝くじをもらえたというだけの状況なのだが、それでも京極にとっては最高の気分だった。


「だが私も来年で二八式に乗る歳だ。君とは随分と歳が離れているように思うが?」


 27歳になったばかりの白老が自身の胸に手を当て、申し訳なさそうに尋ねる。19歳の京極はその様子を見て首をブンブンと横に振り回して答えた。


「好きという感情に年齢は関係ありません!!」


 あまりにストレートな言葉に白老はふふっと小さく笑い、「楽しみにしてるよ」と言い残して集会室を後にした。


「ふぅ~~~~」


 緊張の糸が切れ、大きく息を吐きだした京極の両肩に、ふたりの男性の腕が伸びスクラムが組まれた。


「やるじゃないかホープ君」

「意外だなぁ京極。年上がタイプだったのか」


 いつの間にやら口喧嘩が終わっていた先輩ふたりは京極と白老のやり取りを聞いていたのだ。京極は白老がいなくなったことでいつもの調子に戻り、先輩に対して不遜な態度で腕を払った。


「ところで、おふたりは女性と付き合ってますか」


 恋愛経験の無い京極は、あまり期待はしていないが、女性にモテるコツを聞くためふたりに質問した。


「付き合ってはねえな」


 赤平はぶっきらぼうに答える。


「もちろん。私は結婚しているからね」


 伊達は髪をかき上げながら答えた。


「はぁ!?嘘つけ、見栄張ってんじゃねえぞ!」

「おやおや、負け犬の遠吠えが聞こえる」

「結婚とか俺に一言も言ってなかっただろうが!」

「なんで君に教えなきゃいけないんだ」

「長い付き合いなんだから言えよ!」

「なるほど。つまり嫉妬だね」

「んな訳ねえだろクソナルシスト!」

「赤平さん。ちょっと黙ってもらっていいですか」

「京極、お前まで俺を見捨てるのか!?」

「伊達さん、女性って男性のどこを見てるんですかね」

「無視はやめて!」

「そうだね。靴の先から頭の先まで、かな」

「だから無視はやめて!!」


 赤平の悲壮的な嘆きが長い通路に木霊した。

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