第2話 準備

――生誕式開始1時間前――


「ようベイビー、心の準備はできたか?」


 式典会場であるコロッセオの観客席下にある一般通路の更に下。地下にある関係者専用区域では、厳粛な式典に参加するため支給された黒のスーツを着用した人々が、各々準備を整えているところだった。


 慣れた手つきでネクタイを結びながら後輩を気遣うのは、顎髭の似合うガタイの良い男、赤平あかひら。対して、先ほどから鏡の前で何度もネクタイを結び直している若い男、京極きょうごくは、眉間に深いしわを寄せていた。


「赤平さん、いい加減そのベイビーってやめてください」


 京極は自分の不器用さからくるストレスを赤平にぶつけるように口を尖らせた。


「ヘイヘイ!俺からしたらお前はまだまだベイビーだぜ?自分の型式言ってみなってんだ」


 あとからやって来て先に身だしなみを整え終わった赤平は、鏡越しに余裕の表情を見せつけながらオーバーな身振りで京極に自己開示を求める。


「一八式YB2型です……」

「ほーら、ベイビーじゃねえか」


 赤平は両手で京極を指差して笑う。


「俺達ブレインズは18歳で生まれて、はじめの2年間は訓練生として一八式の機械の身体、アークで過ごす。だからお前が二〇式のアークに乗るまではベイビーってことだ」


 宙を叩くように赤平が軽快に指を上下するなか、京極は不格好なネクタイを締め終えて赤平に正対した。


「ですが俺はこの1年間、訓練で同期より優れた成績を取って今回の警備任務が与えられたんです!もう一人前と認めてもらってもいいでしょう!」

「焦るなよベイビー」


 京極は、自分はよくやっているという自負から語気を強めたが、年長者である赤平はその言葉の奥にある後輩の不安を感じ取っていた。


「お前は確かに優秀だ。1年早く任務にも選ばれた」


 宥めるように赤平は京極の肩に手を置く。


「でもそれはあくまで特例だ。お前に経験を積ませて1日でも早く『秘匿』を開錠させるためのな」

「俺の秘匿、ですか……」


 京極は項垂れた。


 同世代では優秀でありながら、未だにブレインズ固有の能力が開花していないというコンプレックス。いつ同期に成績を抜かれ、立場を奪われるかという恐怖。それらが京極を臆病にさせ、周囲との壁を作っている。自分で気付いてはいたが目を逸らしていた事実を指摘された気がしたのだ。


 明らかに落ち込んだ様子の京極に、赤平は励ますようにバンバンと肩を叩いて鼓舞する。


「まあ、あと1年あるからな。頑張ろうぜ、ベイビー」

「それじゃダメなんです……!俺は少しでも早く両親の――」

 

 京極の言葉を遮る通信が、ふたりの通信機へと送られる。


「A班、B班。直ちに集合しろ」


 

 


 

 

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