第4話

「私は……ううん、私たちは、契約なんてしてないわ。あれは願いなんかじゃない。ただの愚痴から派生した冗談」

「いいえ、あれは契約よ」


 鬱蒼としていた森が急にひらけ、視界が明るくなる。高く澄んだ空では、飴細工の鳥たちが旋回している。

 テーブルの一番奥、背の高い椅子に座っていたアリスが上品に微笑む。息を呑むほど美しい顔の中央では、翡翠色の瞳が冷たくこちらを見つめていた。


「魔法が契約だって知らなかったのよ」

「それなら、魔法を何だと思っていたの? なんの代償もなく願いが叶えられるとでも思っていたの?」


 小さな子供に言い聞かせるような柔らかな言い方だったが、言葉の端々には苛立ちが透けて見えた。


「二度と会いたくないなんて、本心なわけないでしょ! 確かに一緒にいてイライラすることも多いけど、でも双子なんだから!」

「……双子だから? 双子だからこそ嫌なんだって言ってたじゃない」


 アリスから笑顔が消える。無表情な顔は人形のようで、周囲の風景と相まって、絵本を眺めているような気分になる。


「会いたくないって言うから、相手と会わなくてすむようにしてあげた。カナちゃんは一人っ子が良かったって言うから、現実の世界で叶えてあげた。カコちゃんは比べられるのが嫌だって言ってたから、この世界から数字をなくしてあげた」


 数字があるから順番ができ、順番ができるから優劣が生まれる。

 二番は一番には勝てない。でも、スミレと百合はどちらも美しく、そこに勝ち負けはない。


「二人が願ったから叶えてあげたの」

「常識的に考えて、あんなの冗談だってわかる……」


 反射的に言い返すが、ペルシャ猫ののんびりとした声にさえぎられた。


「君の常識は、相手の常識ではない。でもそれはアリス、君も一緒だ。君にとっては常識の範囲にある魔法でも、彼女にとっては常識の範囲外だ」

「……でも、一度契約した魔法は解除できないわ」

「なら、新しい契約をすれば良い」


 ペルシャ猫が立ち上がり、後ろ足で軽く私の肩を蹴るとテーブルの上に着地した。


「今度の契約では、双子そろってこの場を訪れて、アリスに願いを叶えてもらうと良い。双方納得した上での願いなら、拗れることもないだろう?」

「でも、二人一緒にこの世界にいることはないんでしょう?」


 偶数日はカナが、奇数日はカコがこの場所にいて、片割れは現実世界でナコになっている。


「それは、ナコちゃんを消してしまえば良いだけだから大丈夫。彼女さえいなければ、二人とも現実に戻らないですむから」


 それなら良かったと安堵するが、現実世界との繋がりを断たれたような気がして、不安になる。

 でも片割れとこの世界で出会い、アリスにお願いさえできれば、カナとカコは双子として現実に戻ることができる。


「それで、どこにいるの?」

「君が起きた場所から右の方向にずっと歩いて行けば、いずれ出会うと思うよ。この世界は丸いからね」

「クッキーのベッドまで魔法で連れて行ってあげる。心配しなくても、これは簡単な移動魔法だから代償はいらないわ」


 アリスが指をパチリと鳴らせば、耳元でポンと大きな音が響いた。

 突然の音に目を閉じ、気づけばクッキーのベッドの上に座っていた。


「やあやあ少女、また会ったね」


 嫌味ったらしい白兎の声に盛大なため息をつくと、片割れを探すために勢い良く立ち上がった。

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