第35話 勉強禁止令

「マスカラス氏とのリモート会談、お疲れ様でした」


「お疲れ様でした。思っていた以上に会話が弾みましたね。ウチのグループがマスカラス氏の電気自動車メーカーに優先的に半導体を安定供給する事でまとまりました」


 産業の米とも呼ばれる半導体はその世界的供給不足が叫ばれて久しい。しかしアオイホールディングスはグループ企業に半導体メーカーを抱えている為、世界的な半導体不足が叫ばれる中でも強気な商売が可能となっている。


「半導体不足では現在の自動車は作れませんからね」


「ええ。それに少し前の話ですけれども、一見ハイテクとは無縁に見える自動の手洗い水栓が有るじゃないですか、駅のトイレとかに。あれも半導体不足で半年も入荷待ちだったそうですよ」


 もっともらしく語る天翔だが、それは半導体メーカーを買い取った際に聞いた話の受け売りだ。その半導体メーカーは買収した時の規模は小さかったが、アオイホールディングスの傘下に入る事によって急成長し、今では世界でも有数のシェアを誇る。

 

「玲子さん、今日はもう終わりですよね?」


「ええ。お帰り頂いてて結構です。車を用意させます。それと、これをお持ち下さい」


「これは?」


「AIを駆使して作成した中間テストの予想問題です。テスト勉強はこれだけで充分な筈ですので、しっかりとお取り組み下さいます様、よろしくお願い致します」


「またAIですか。信用出来ますか? この前のデートの作戦も結局は自分が考えたコースで惜しい所まで行きましたよ。」


「お言葉を返す様ですが、「惜しい」と言う事は結局は目的が達成されなかったと言う事ですよね?」


「うっ!」


 確かに念願キスにはまだ至っていない。よって天翔は自分でAIに勝利したとは言えないのだ。


「AIの作成したデートプランからは大きく逸脱していますので参考外かと」


「判りましたよ。AIがどれくらい使えるのか、今回我が身を以て実証しますよ。英語以外は」


「英語を除外されるのですか?」


「俺は美月の言う事は完璧に記憶しています。だから美月の教えてくれた英語の授業も全て思い出せますよ」


 天翔は美月を愛するが故に赴任以来の一挙手一投足に至るまで全ての言動を記憶している自信を持っている。


「玲子さん、俺は美月の授業で充分過ぎる位の勉強をしているんですよ。だから英語は結構です」


「承知しました。しかしそもそもですけれど、電気自動車世界最大手のCEOと通訳無しで商談をした人が今更英語を習う必要が有るのでしょうか?」


 呆れながら玲子さんは軽く溜め息を吐いて天翔の英語力についての見解を示す。

 世界企業のトップとしては英語は話せて当然と言える。

 いくら自動翻訳が進化したとしてもニュアンスが変わってしまう事も有るし、それは通訳にも言える。

 外国出身や海外法人の現地スタッフに指示を出すにも通訳を通すかどうかで伝わり方が違ってくるのだ。

 天翔は父親の施した英才教育の一環で物心が付く前から英語には慣れ親しんでいる。その為、英語で苦労をした事には無い。


「彼女さん悲しみますかね?」


「えっ?」


 玲子が話を突然振って来て天翔は玲子が何故、自分が英語が出来ると悲しむのか理解出来ない。


「折角教えているのに、相手が既に知っていたら虚しくなりませんか?」


「……………」


 眼の前で悪戯っぽく言う玲子とは対照的に、天翔の脳裏に悲しげな美月が浮かんだ。


「しまったぁぁぁ!」


 天翔は我を忘れて叫ぶ。


『何が最善なんだ? どうすればいい?』


 そして1つの結論に至った。


「玲子さん、俺はどうすればいいのかをAIに聞いてみて下さい!」


 言われた玲子の表情はAIでも形容のし難い状態になってしまった。

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