第31話 打倒AI
夕暮れも近付いた頃、2人はカフェを後にして風薫る5月の街を散策する事にした。この季節特有の爽やかな空気がそれぞれに高揚感を与えてくれる。
天翔は街路樹の木陰を歩く美月に視線釘付けになりながら思っていた。
『実はこの丸の内にはデートスポットが山ほど在る事は調査済みだ。観る演目がハムレットだった時には俺自身が悲劇だったけど、街の雰囲気も良いし周りにもカップルが多い』
西陽が美月を照らし、そのしなやかな髪を光らせると天翔は抑えていた願望の燃え上がりをもう抑えられないと悟った。
『今日こそキスを!』
しかし理性もまだ残ってはいる。ランチで食べたニンニクの効いたパスタを思い出した。が、後悔するよりも前向きに捉える事にした。
『ピンチはチャンス。美月だって同じパスタを食べているから大丈夫に違いない。それに臭いが気になったとしても、それはエピソードとして忘れられないだろう』
日本の名だたる企業が本社を構える丸の内だ。連休と言えども出勤している会社員はそれなりにいる。
実は天翔は彼らに期待している事が有った。
『皆さん、休日出勤お疲れ様です。大変恐縮ではありますが、日が暮れるまで残業をお願いします』
近年この丸の内は再開発され、古い街並みを残しながらの高層ビル立ち並んでいる。その展望台から見る夜景に勝手に期待している。
『そこで良い雰囲気になればきっと…』
デートの場所が丸の内になった時から必死に考えたデートプランだ。絶対の自信を持っている。
『何が汐留でミュージカルで銀座でお茶だ。こっちの方がキス出来るに違いない。見てろよAI!』
AIが見ている事は無いだろうが天翔は何故かAIに対抗意識を燃やしていた。自分が口にした昨晩の言葉、「これからの時代は如何に上手くAI使い熟すかが勝負になって…」は完全に記憶から欠落している。
「天翔くん、どうしたの?」
美月が心配そうに天翔の顔を覗き込んで来た。不意に攻略対象である美月の顔が近くに現れて天翔はパニックになってしまう。
「なっ、なんでもないよ!」
「そう? 何だか難しい顔をしたかと思うと口元が緩だりして」
不思議そうな表情の美月は小首を傾げる。天翔としてはこの後は日没まで適当に時間を潰してして夜景スポットに美月を誘うという重大ミッションが有る。何を考えていたかなんて言える訳も無い。
「いや、次のデートは何処に誘おうかを考えていたんだよ」
冷や汗をかき、表情を引き攣らせながら棒読みで誤魔化す。
「本当に?」
それだけを発すると美月は嬉しそうに首をすくめる。その仕草を見た天翔の鼻息は更に荒くなる一方だ。
「でも無理はしなくていいよ。お金が掛からないデートでも天翔くんと居られるのなら幸せよ。部活始めたからバイトは減らしたのでしょ?」
「確かにバイトは減らしたけど大丈夫だよ。それよりも、俺と居たらそれで幸せって?」
「もう、揚げ足取らないの!」
こう照れながら怒る美月も可愛く思うと、天翔としては自分のミッションを是が非でも遂行したい。
「美月、少し歩こう」
「うん!」
満面の笑みで答える美月を心底愛おしく思う天翔だが、丸の内の歩道で見てはならない人物を見てしてしまった。
「えっ?」
「天翔くんどうかしたの?」
「あっちから歩いて来るのって」
天翔の視線の先を美月も見てみる。
「天翔くん、あの人って」
演劇部員にして同じクラスの佐野が歩いて来た。彼女はどうやら両親と楽しそうに話しながら歩いていて、天翔と美月にはまだ気が付いていない様だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます