第28話 有楽町で

 アオイホールディングス本社、深夜のCEO室では玲子が天翔に平謝りしている。


「申し訳ございません。AIのプランとは若干の差異が生じてしまいました」


「若干ねぇ…。流石の玲子さんでもチケットが取れないんじゃ仕方が有りませんよ。でもこれは有りなのですか? 確かAIのプランでは汐留でアニメ映画が元になっているミュージカルを2人で観劇して、その後は目と鼻の先に在る銀座に徒歩で移動する。それでその後は銀座で感想を述べながらお茶を飲む。でしたよね?」


「申し訳ございません」


「怒っている訳じゃ無いんですよ。そこは勘違いしないで下さい」


 平謝りする玲子を下手に攻めれば、どんなブーメランが帰って来るのか予想も付かない。天翔にしてみればそっちの方が遥かに怖い。

 それに既に深夜だ。すんなりと帰宅して早く寝たい思いも有る。だから事を荒立てたくないのが天翔の本音だ。


「時間ギリギリまで汐留のチケットの確保に務めますがチケットの変更が叶わない場合、その演目で彼女さんに喜んで頂けますでしょうか?」


「どうでしょうか。ストイックなので少なくとも演劇部の顧問としての勉強になるとは思いますけど」


 玲子が用意したチケットは何故か人気アニメ映画とは程遠いシェイクスピア4大悲劇の1つ、ハムレットであった。

 デートに悲劇を観る。流石にこれはどうなのか?

 AIの作成した計画とは最初からズレているのだ。

 愛と冒険のファンタジー作品と、世界的に有名な悲劇である。ズレてる所か真逆と言っても過言ではない。


『このまま計画を進めるべきか、変更すべきか、それが問題だ!』


 天翔は家路に向う車中で大いに悩む事になった。



◯▲△



 その一方、美月はあれこれ天翔とのデートに想いを馳せて中々眠れなかった。


『6時半に起きて、そこで天翔くんの誘いに気が付いて二つ返事で快諾って事にしよう!』


 その為には何が有っても柔軟に対応出来る様に、実際に6時半に起きる必要が有ると思った美月であったが、今度は目が冴えて眠れない。


『困ったわ。天翔くんとのデートが楽しみ過ぎてどうしても眠れないわ!』


 どの服を着て行こうか、何を話そうか、食事は何にしようかと思い悩めば悩む程、眠気からは遠ざかる。


『困ったわ。これじゃデートの途中で寝ちゃうかも。それは絶対にイヤ!』


 美月が最後に時計を見た時には、時計の針は3時を指していた。



◯▲△



 夜が明け、天翔は目覚まし時計よりも先にスマホを見る。そこには望んでいた表示が有った!


(今日の観劇デートを楽しみにしています。14時に有楽町で待ち合わせなら、少し早くして一緒にランチどう?)


 美月からの返事に小躍りしそうな気持ちを抑えつつ、朝の支度に取り掛かる。


『期待されるのは嬉しいけど、ハムレットだからな。楽しいデートを期待されると正直ツラい』


 そう思いながら1人の食卓で朝食のパンを頬張る。それは天翔にとっては日常の事だ。

 天翔の両親は幼い頃に離婚している。離婚の原因は母親の浮気だった。

 家に籠もる母親と多忙を極める父親との間のすれ違いから出来た溝はやがて修復不可能となり、やがて母親は愛人を作って家を出て行った。

 離婚後の親権は父親が持って以降、天翔は母親に会っていないし、会いたいとも特に思わない。生きているのかどうかも知らないし、興味も特に無かった。

 父親が中南米に渡ってからは気ままな1人暮らしを楽しんでいるのだ。



◯▲△



『どうしたら良いのかしら?』


 寝不足から来る身体のだるさと戦いながら美月は悩んでいた。


『ランチなんて書いたけど、何処で何を食べれば天翔くんは満足するのかしら?』


 今までのデートでの食事はシンプルな物が多かった。それは天翔が支払っていたからで、デートの食事は男が支払う物だと天翔に言われると申し訳なく思う一方で、そういう物なのかと思っていた。

 しかし美月は自分が8歳上であると判明した現在、それは如何なものかと思う様になった。


『今までみたいにパスタランチとか? それとももう少し高いコース? 和食? 中華? それともフレンチ? イタリアン? 金額はいくらにすれば良いの?』


 美月もまた、悩んでいた。

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