5月 定期テスト

第27話 連休の過ごし方

 5月になった。

 

 世間一般的にはゴールデンウイークの連休ではあるが、残念ながら世界的企業に日本の祝日は関係なかった。


「玲子さん。何か最近、親父がさっさと早期退職リタイアして趣味に没頭している理由が判った気がします」


 天翔は思わず玲子に愚痴を漏らしてしまった。一方で玲子の方はそれを軽く聞き流す。トップの弱音などを認めてしまえば企業は瓦解しかねない。

 それよりも天翔の口から久し振りにかつて秘書として仕えていた天翔の父親の話題が出たことに懐かしさを感じた。


「今は何方にいらっしゃいますか?」


「昨日だったかな、南米に居るって電話が有りましたよ。早朝の4時にですよ。まったく、時差を考えろって話ですよ」


 天翔の父親は天翔が高校に進学し、自身が50歳になった事を契機に経営の第一線から身を引き、幼少の頃から憧れていた事をしている。


「それにしても自分の父親が宝探しトレジャーハンティングをしたかったなんてね」


「仮に幾らかの黄金を見つけたとしても、それよりも遥かに大きい金額を動かしていましたのにね。宝探しは男の浪漫なのでしょうか?」


「さあどうでしょう。ジャングルの奥地の黄金郷エルドラドを探しているそうです。こっちは連休なのにデートも出来ないって言うのに!」


 何かを発する度に愚痴になってしまう。天翔も高校2年生である。遊びたい盛りだ。

 おまけに御神本美月という歳上の彼女がいる。陽気の良いこの時期にデートの1つもしたいと思うのは当然とも言える。


人工知能AIの開発がもっと進めば代行もお休み頂けると思いますよ」


「AIか。これからの時代は如何に上手くそれを使い熟すかが勝負になってきますね」


「我社でもAIを開発しています。そしてそれを駆使した防犯カメラを開発していまして、各方面への導入が既に進んでいます」


「そうでしたね。確かこの連休で幾つかの学校にも設置するって言っていましたよね?」


 学校に設置は色々と問題が有りそうだが、映像は人間が見る事無くAIによる解析のみでイジメ防止に活用する。

 秀逸な機能として、音声の解析機能が有る。これは声の解析を行い、同じ言葉でも声のトーンでイジメに繋がるのか只の冗談なのかを自動で認識する。と言う触れ込みで都内の幾つかの学校で試験運用す事になっている。

 


「さぁ、お喋りはここまでですよ。これを片付けたら残りの2日はお休み頂いて結構です」


 玲子の言葉は優しく聞こえるが、天翔には眼の前の書類の山が絶望的な壁に見えた。



◯▲△


 どうにか最後の書類を処理した天翔は大きく息をついた。


「ふぅ~、これで明日と明後日の2日間は休みますよ」


「正確には今日と明日ですけれど」


 時計の針は12時を既に回っている。


「それで、デートプランは立てているのですか?」


「はい?」


 意外な事に玲子は天翔のデートを心配していた。


「まさかこのゴールデンウイーク中のデートをプランも無しに彼女さんをお誘いするつもりだったのですか?」


「そうか、しまった!」


 連休中は何処に行っても人が多い。更に言えば天翔と美月のカップルは同じ学校の生徒や教職員に恋人同士だと知られる訳にはいかない。

 故にデートも慎重にならざるを得なくなる。


「何処かお勧めのデートスポットは無いですか?」


「彼女さんの趣向が分かりかねます。それに何処も予約で一杯です。観劇に行くとしましても先日様な事は無理です」


 玲子は4月に持てる伝手を使ってミュージカルの席を用意した事を引き合いに出した。

 流石に同じ事を連休中にする事は難しい。


「いっその事、デートの定番である映画は?」


「何をご覧になられますか?」


「決めて無いけど」


「下手をすると時間とお金の無駄遣いで終わります。そうなりますと雰囲気も最悪に」


「じゃあどうすれば?」


「ご安心下さい!」


 普段は冷静である為、自信にみなぎった玲子の表情は珍しい。


「玲子さん、どうしたのですか?」


「我社で開発したAIにデートプランを作らせます!」


「AIが俺と美月のデートをプロデュースするのか?」


「はい。サポートは秘書室が行います」


 確かに今の自分のペースでは美月との仲は遅々として進まない。

 だがもしもそれで念願であるキスに辿り着いたとしても嬉しさだけではなく、複雑な何かが心を過ぎると思った天翔であった。



◯▲△



『天翔くんから何の誘いも無いわ。連休でも仕事が有るなんて言っちゃったからかしら?』


 基本的に教職員は忙しい。残念ながら休みの日でもすべき事は有る。

 美月は連休前にうっかりその愚痴をこぼしてしまった。それを猛烈に後悔する。


『後半の2日は休めたのに、私のバカ!』


 既に深夜だというのに鳴らないスマホを見つめていると、天翔から待っていた連絡が来た! 


『もしも休みなら観劇に行かない? チケットを2枚もらったんだ』


 もちろん快諾の旨をすぐに返したいが、ここで1つ悩み事ができた。


『こんな深夜にすぐに返事したら天翔くんは私の事をどう思うかしら?』


 それを考えると返事のタイミングが掴めずに、いつまでも悶々とする美月であった。

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