第25話 決着

「お前らが彩花さんの恥ずかしい写真を撮って言いなりにさせようって言うのと同じでな、こっちもお前らの弱みを握ったって事だ。判り易く言えばな!」


 天翔は険しい表情でそう言い放つと、その直後に益子に視線を落として今度は微笑んでみせた。


「弱みだって?」


 3人組はそれ以上の言葉が出なかった。


「あの映像は各種犯罪の証拠となり得る。たがそれだけじゃないぞ。面白いのはここからだ」


 3人組はまるで蛇に睨まれた蛙の様に、額に脂汗を浮かべている。言葉はもう出せない。


「これをお前らの親に見せたらどうなる? あるいは学校に見せたらどうなる? お前らの高校の同級生とかに見せたら人間性を疑われるだろうな!」


「なっ、やっ、やめろよ!」


「それを決められるのは彩花さんだけだ。あとは俺な!」


 天翔から言われて益子は眼を大きくした。彼女にとっては思いも掛けない展開なのだろう。


「お前らが大学に進学した場合、そこで知り合う全ての人間に見せたら?」


「ううっ!」


「就職活動する企業に見せたらどうなる? 内定を出す企業なんて有るかな?」


「ちょっ、ちょっと待てよ!」


 狼狽える3人組など無視して天翔は続ける。


「何かの間違いで彼氏が出来たとする。その彼氏に見せたらドン引きだろうな」


「おっ、おい!」


「その彼氏となんとか結婚するとしよう。相手の家族に見せたらどうなる? 結婚式で流すのもいいよな! 両家の親戚や仕事関係の人も居るし!」


「よっ、よっ、よくねぇよ!」


「子供を生んだとする。ママ友に見せたらどうなる?「あの子と遊んじゃダメ」ってお前らの子供は指差されるんだ。そうだ、小学校に上がったら全校児童と職員に見てもらおう! 校内放送で! どうだ、自分らの過去の愚行が原因で自分の子供がイジメられるってどんな気分になるんだろうな?」


「そっ、そんな事が出来る筈が」


「あんな映像を録ったり、パパ活だか何だか知らないが昨夜彩花さんを買うつもりだった44歳の男性から昨夜のうちに証言を得る事も出来る。そんな俺を敵に回したんだ。逃れられるなんて思うなよ!」


 3人組は立ち尽くし身動き一つ取れない。だが天翔は思っている。


『このままコイツら全員を社会的に抹殺する事は簡単だが、出来ればもっと平和的に解決したい。逆恨みでもして破れかぶれの行動に出たら傷付くのは彩花さんであり、それは美月の望む事ではない』


 窮鼠猫を噛む。という言葉も有る。

 追い詰められた人間は何をしでかすのか判らない。天翔は益子に目で合図を送ると、コクンと小さく頷いた。


「わっ、私はそんな事させないよ」


「へっ?」

「彩花?」

「本当?」


 拍子抜けした3人組はだらしなくなった表情を戻せないでいる。


「実はね、中学の時に陰キャの私に話掛けてくれたのはみんなだけだったの。だから嬉しかった、最初は」


「それはイジメをカモフラージュする為じゃ?」


「それでも最初は楽しかった」


 天翔の問に対して益子は遠い目をして吐き出す様に言った。


「お前ら、彩花さんに何か言う事は無いの?」


 3人組はお互いの顔を見合わせると、バツが悪そうに口を開く。


「彩花、悪かったよ」


「でもね、ウチらだって最初からこんな事するつもりはなかったんだ」


「最初は頭のいい彩花に、テスト前に判らない所を教えてもらうつもりだったの。その内にイジリがこうなっちゃったけど」


 天翔と益子は再度顔を見合わせる。そして益子と同じタイミングで軽く頷く。


「残念ながら今回の映像は………」


 3人組が固唾を呑み天翔に注目する。


「お蔵入りだ!」


「へっ?」


 その瞬間、3人組は揃ってへたり込んだ。緊張のピークの直後に訪れた朗報に思わず力が抜けたのだ。


「お前ら、因果応報って言葉を勉強したな。いいか、彩花さんの寛大さに感謝するんだな。そして誓え、二度と彩花さんに近寄らないと。彩花さんの視界に二度と入るな!」


「分かったよ。アタシらだってアンタに言われてとんでもない事したって今更だけど分かったんだ」


「彩花はアタシらが居るだけで不快だろうし」


「判っているじゃないか。誓いは守れよ! 誓いとは守るから価値が有るんだ。もし破ったらどうなるか判っているだろうな?」


 天翔にとってはこの3人組を社会的に抹殺する事は造作もない事だ。恐らくスーパーマーケットでの買い物で、ビニール袋の口を開ける事の方が難しいだろう。

 だが敢えてそれをしなかった理由は、益子に害が及べば美月が悲しむからだ。

 天翔の行動は美月ファーストで成り立っているのだ。


「ありがとうございました」


 トボトボと去って行く3人組を目で追った後で益子は天翔に向き合って礼を述べた。安心したのかその表情はスッキリ晴れ渡っている。


「いや、礼には及ばない」


 天翔が今回動いた理由。それは美月の心配事の排除と、買収予定企業の技術を見極める為だ。

 確かに礼を言われる筋合いは無い。



◯▲△



 その頃、翌日に控えた新入生歓迎会で披露する演目、ヘンゼルとグレーテルの最終確認を見届けた美月は疑問に思っていた。


『何故にヘンゼルとグレーテル? それにどうして今日も教頭先生がいらっしゃるの?』


 色々と思う所の有る美月ではあったが、その身が開放されれば今度は益子の事が気になって仕方ない。職員室に戻ると急いで帰り支度を始める。

 

『あそこにはもう来ないなんて天翔くんは言っていたけれど、何か知っているのかしら?』


 天翔が自信たっぷりに言い切った言葉も気になる。美月が足早に校門を出たその時、スマホが着信を告げ液晶には天翔の名前が映った。

 

「もしもし天翔く……」


「御神本先生、ありがとうございました!」


「益子さん?」


 益子が何故か天翔のスマホに出ている。美月は思考が追いつかなくなる。


「もしもし美月?」

 

 それから小一時間、益子を気遣い大幅に脚色された状況説明を美月は聞いていた。

 校門の外で立ったまま。

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