第21話 チョコレートパフェ

 美月は益子を伴い、駅の近くに在る天翔がアルバイトしているカラオケ店の系列店に入った。

 先日美月と天翔が別れ話をしようとしたこの場所、益子から事情を聞く為に天翔が案内したのだ。


「それじゃ俺は外しているから」


 天翔はそれだけ言い残して部屋の外に出て行った。当たり前だが益子に取っては見ず知らずの天翔が居れば話なんて出来る筈もない。これは天翔に出来たせめてもの配慮だ。

 それに益子が夜、自宅からも学校からも離れたあんな場所で、絶望感に押し潰された様な表情で立っていた理由は察しが付く。

 天翔はスマホを取り出しながら店外へと出た。



◯▲△



「先生、今の人は?」


「ああ、新しい学校の生徒なのよ。演劇部の顧問になってね。彼は演劇部員なのよ」


「そうですか。高校生だったのですね。先生の新しい学校の先生かと思いました」


「よく実年齢よりも上に見られるみたい」


 益子の感想に「クスッ」と軽く笑って応える美月だが、それっきり沈黙が続き空気が次第に重くなる。

 

『何を話していいのかしら?』

 

 勢いで益子を抱き締め相談に乗るつもりであったが、いざ冷静に考えてみれば彼女が何に対して悩み、思い詰めていたのか回目見当も付かない。ましてやあんな路地裏に立っていた理由など。

 実のところ美月にとって益子とは、英語を教えた数ある生徒の1人に過ぎず特に親しい関係ではなかった。


「あのね益子さん、私はもう南池袋高校の教師じゃないの。だからこそ気楽に何でも話してくれないかな?」


 不用意な言葉は逆効果になる。そんな事は分かっている美月ではあるが、今は彼女の力になりたいと強く願っていた。


「でも先生、こんな事を先生に言う訳には」


「私は直接あなたを指導する立場ではなくなったわ。だからこそ気軽に相談には乗れると思うの!」


「御神本先生、私、私」  


 再び泣き出した益子は、それ以上は言葉を続けられなかった。嗚咽する益子と何も出来ない美月、部屋の空気が一層重くなる。

 

 コンコン!


 その時、不意にドアがノックされたかと思いきや、そっとドア開かれた。


「失礼します。チョコレートパフェ、お待たせしました!」


「えっ、頼んでいませんけれど? って、えっ!」


 入って来た店員を見て美月は仰天する!


「てっ、てっ、てんっ!」


 美月は思わず出そうになった名前を飲み込む。入って来た店員は誰あろう天翔であった。

 この時の天翔は分厚い伊達眼鏡を取り、背筋を伸ばし髪も整えている。店員の制服に着替えている天翔は、益子からしたら先程までの天翔とは別人に見える事だろう。


「お客様、甘い物でも食べて気分転換は如何でしょうか?」


「そっ、そうね! ねっ、益子さん!」


「はっ、はい」


 慌てて返事をした益子は、パフェスプーンを手にすると一口一口噛み締めるようにパフェを口に運ぶ。


「おいしい…」


 その姿を見て美月は安堵した。益子の表情が変わったのだ。少しだが落ち着きを取り戻した様に見える。


「言いたくない事は、言わなくてもいいんじゃないてすか?」


「えっ?」


「ただ、あなたはさっき「おいしい」と言いましたよね? いいですか、人間って美味しく物を食べられる間は絶望しちゃダメなんですよ」


「何ですかそれ?」


「ウチのスタッフの受け売りなんですがね、絶望した時に食べる物は全て、砂を噛んだ様な味しかしないそうです」


 ここで言うスタッフとはカラオケ店のスタッフではなくて、アオイホールディングスが買収した企業の経営者の事だ。

 信用していた者に裏切られ、全てを失い自らに掛けた生命保険の為に首を括るしか選択肢が無くなった男だ。寸前の所で助ける形でアオイホールディングスに経営していた企業を買収された男が言っていた言葉だった。


「失礼しました。お代は既に頂いております。ごゆっくりどうぞ」


 それだけ述べて天翔はドアを締め、心に誓った。


『彼女があの場所に立っていた理由は判ったし。だけど今日の段階では彼女は全てを美月に話すには至らないだろう。しかし美月の心配タネは全て排除しなければ!』


 

◯▲△



「CEO代行は本当にいらっしゃるのでしょうか?」


「予定が立て込んでおりまして。申し訳ありません」


「全然構いません。オー、アメージング神戸ビーフ!」


 その頃、アオイホールディングス本社ビル近くの高級料理店では、遥々アメリカから来日した買収予定のドローン開発企業の役員がCEO秘書の玲子と共に、来ない天翔を待たずに神戸牛に舌鼓を打っていた。

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