第20話 頼れる教師

 演劇部の面々との初顔合わせが終わり、この後は稽古となる。

 現在所属している部員は、3年生は部長の宇都美と副部長の那須の2人、2年生は佐野、小山、真岡の3人で、この内の佐野が天翔と同じクラスである事が判った。

 実はその佐野こそが、新学期初日に天翔とその友人に同調して川﨑のパワハラを囃し立てた勇気ある女子であった。

 稽古の合間に彼女と会話する機会を得た天翔は早速、その時の事を聞いてみた。

 

「あの時、演劇部なのによく俺達に同調したね。後の事とか考えなかったの?」


「うーん、あの場の雰囲気かな。何となくよ。御神本先生が可哀想に思えたし」


 初対面の生徒に同情される教師というのも考え物ではないだろうか。この会話を教頭に一方的に話し掛けられ愛想笑いで応えている美月が聞いていない事に天翔は安堵した。


「今回は入院したけど、無事なら只じゃ済まなかったでしょ?」


「でしょうね。でも私だって川﨑に鬱憤は溜まってたし何かあの場のノリって言うか、言ってやりたかったの」


 サバサバした表情で言う佐野に対して、天翔はそれ以上は何も言えなかった。言う気が起きなかったという方が正確か。

 同じクラス、同じ部活であっても共通の話題などまだ殆ど無い程度の間柄なのだ。この件だけで会話を継続出来る訳も無い。



◯▲△



「今日はこの辺にしましょう!」


 宇都美の掛け声でこの日の稽古は終わった。内容は明後日に迫った新入生歓迎会に向けての打ち合わせだ。

 短時間ながらも演劇を披露する事になっているのだが、天翔が入部した事で変更案が持ち上がった。


「折角、蒼井君が入部したのだから演目を変えてでも男子が居る事をアピールすべきよ!」


「演目を今更変えるって正気なの?」


 宇都美の思い付きは副部長の那須との言い合いにまで発展したが、結局は最後に少しだけ天翔が舞台に上がる事で決着した。


「明日からは蒼井君も発生練習をしてもらうわよ! 新入生にしっかりと入部を呼び掛けてね」


「ちょっと悠衣、入ったばかりの蒼井君にプレッシャー掛けちゃダメじゃない! 蒼井君、悠衣のペースに惑わされないでね!」


 副部長の那須が宇都美を軽く叱ったかと思えば、後半は天翔に向き直って言った。教頭からは、部長はしっかりしていると聞いていたが、しっかりしているのは副部長の方なのではないかと天翔は思った。


「何か有ったら私に言ってね!」


 那須は更に天翔の両手を取り、瞳を輝かせて言った。しっかりと言うよりも、ちゃっかりしていると天翔は思い直した。

 那須に手を取られていると、彼女の背景には明らかに不機嫌になっている美月が見える。


「先輩、ありがとうございます。それでは失礼します。お疲れ様でした!」


 これ以上はこの場に居ない方が良い、と判断した天翔は逃げる様にその場を去る事にした。


『さて、どうやって機嫌を直そうか』


 大金を要する企業買収よりも、年上の恋人の機嫌を直す事の方が厄介だと思う天翔であった。



◯▲△



「鼻の下が伸びてましたけど!」


 校門で待っている旨の連絡を美月のスマホにした天翔は、駅までの道を美月と歩く。

 日も暮れている中、教師と生徒が一緒に駅まで歩く事に何の不自然さも無い。と判断しての事だった。

 

「いや、先輩だって待望の男子部員で舞い上がっていただけだよ。きっと」


「そうかしら?」


「美月、俺を信じられないのか?」


「ごめんなさい。そういう訳じゃないけど、天翔くんが女の子と話していると不安って言うか、何か嫌な気分になるの」


「俺は美月の彼氏だ。美月以外に惹かれる事なんて無いよ」


 気が付けばいつの間にか人気の無い路地に入っていた。この先はホテル街だ。流石にそこに行く訳にはいかないが、天翔は思った。


『暗いし人通りも無い。場所の雰囲気は最悪だけど、流れ的にここで抱き寄せれば今度こそキスのチャンスかも!』


 そう思った天翔は大胆にも路地とはいえ公道で美月の肩に腕を回す。


「あら?」


 だが美月はそんな天翔の腕にも思いにも気が付いていないのか、本能的とも言えるくらいごく自然に軽く振り払うと路地の先を凝視している。


「益子さん?」


「益子? 誰?」


 美月の視線の先には若い女が俯きながら立っている。

 その女は手にしたスマホを見ては、今にも泣き出しそうな表情をしている。


「前の学校の生徒なの。どうしてこんな所に?」


 まだ遠いし暗いし、私服なのによく気が付いたと感心した天翔ではあったが、以前の美月の赴任校とは随分と離れた場所、しかもこんな路地裏で女子高生が1人で何をしているのかは気になる。


「あの、益子さんよね?」


「おっ、御神本先生?」


 美月は本当に益子なのか探る様に声を掛けるが、不意に声を掛けられた方の益子はその後の言葉が続かない。


「うっうっ、おっ、御神本先生ぇ!」


 嗚咽が止まらない益子は美月の胸に飛び込み、そのまま顔埋める。一方の美月は驚きながらも益子の頭を優しく抱いていた。

 

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