第19話 黄色い声
「どうぞお入り下さい」
引き戸の向こうから、やや緊張気味の女子の声がする。その声の主はどうやら演劇部部長の宇都美悠衣のようだ。
「それでは先ず2人が入って下さい」
教頭に促され、ガラッと引き戸を開けて足を踏み入れた美月と天翔の視界には満面の笑みを浮かべ、拍手で迎える5人の女子生徒が声を揃える。
「ようこそ演劇部へ!」
よく見れば奥の黒板には何か賑やかに描いてある。黒板アートだ。
「ようこそ演劇部へ!って描いてあるな」
「蒼井君!ってね」
小声で会話する2人だが美月が指摘した通り器用に有るだけの色のチョークを使って、蒼井君! と大きく描いてある。
その下に小さく申し訳程度に「御神本先生」とも描いてある。その理由は教頭の紹介で直ぐに判った。
「みんな、待望の男子部員だ!」
「蒼井くーん!」
普段の学校生活では考えられない事だが、天翔に女子から黄色い声が飛ぶ!
天翔は普段学校では、女子から好かれない様な格好を敢えてしている。
その理由は、見掛けに左右される人間は付き合う価値が無い。との父親の教えからだ。
だから髪をボサボサにして、デザイン性の欠片もない分厚い眼鏡を掛けて、猫背にして座っている。
偶にはキャラが崩れて地が出る事も有ったが、必要以上に猫背で黙って座っていれば余程のもの好きでもない限りは、声を掛けようとは思わない。
案の定、寄って来る女子などおらず、「蒼井天翔」と名前は、「キモいでしょう」と女子には認識されている。
演劇部の部長である宇都美悠衣はそんな天翔に声を掛けて来た珍しい女子生徒だ。
もっとも理由は、川﨑排除という利害関係の一致による物ではあるが。
宇都美は天翔を「磨けば光る」とも言った。そんな彼女を見ると不安な気分の美月であった。
「それでは御神本先生、ご挨拶を」
「へっ? あっ、はい」
演劇部員5人の中で宇都美の他にも天翔の本当の魅力に気が付かないか気を揉んでいると、不意に教頭から挨拶を促される。
初対面の生徒に挨拶するのは当然ではあるが、自分の意識を全て天翔を見る部員達の視線への警戒に注いでいた美月にとっては不意打ちであり、思わず気の抜けた反応をしてしまった。
「み、みなすぁん、こっ、この度、川﨑先生がお戻りになられるまでの間、演劇部の顧問代行となりました御神本美月です。演劇については素人ですけれど、皆さんが楽しくお芝居出来る様に頑張りたいと思います。よろしくお願い致します」
緊張しやすいが為に最初こそ緊張してやや早口ではあったが、考えていた挨拶文を暗記している美月は誰の顔も見ず一気に言い切った。
「ふぅ!」
思わず一息付く美月を部員達は皆、微笑ましく見守り拍手を送った。
「御神本先生、そして蒼井君、ようこそ演劇部へ! 私達演劇部はお2人を歓迎します!」
「ありがとう」
「どうも」
照れ隠しで美月も天翔も素っ気ない返事になってしまったが、そんな事を気にする演劇部員ではない。
「御神本先生も蒼井君もその内に慣れると思います。判らない事が有ったら何でも聞いて下さいね」
そう言って微笑む悠衣に美月は愛想笑いで応える。入学式準備の際の悠衣の天翔への熱視線を思い出すと、不安が大きくなる美月であった。
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