第18話 チグハグ
「御神本先生、少しよろしいですか?」
「あっ、はい」
睡眠不足のまま迎えた翌日、美月は職員室で教頭から声を掛けられる。
用件なら聞かなくても判っている。本日からの演劇部顧問就任についてである事は間違いない。
「今日の放課後に演劇部員達に御神本先生を紹介しますね。あと彼も」
「彼!」
天翔の事を教頭に「彼」と呼ばれて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった!
『まさか、天翔くんが私の彼氏だって知られてはいないわよね?』
教頭のその一言で心臓が止まったかと思う程に美月は全身硬直させてしまった。
「今日から蒼井も演劇部員ですから!」
「あっ! あぁ、そうでしたね」
教頭の言葉にホッとして身体の自由を取り戻すと同時に、恥ずかしさに襲われる美月であった。
「演劇部の部長には少し話したのですけれどね、男子部員が入る事を殊更喜んでいましたよ。それに御神本先生の事も」
天翔に関する事が頭の中を過ぎっただけで、暫くの間は思考回路はキャパオーバーとなってしまう。
こうなると最早、教頭の言葉など耳に入る訳もない。なので演劇部の部長云々は美月の頭には無い。
考える事は天翔の事。
よくよく考えれば、今日から天翔と過ごせる時間が単純に増えるのだ。それを思うと春の陽気と相まって、鼻歌でも歌いそうになってしまう美月であった。
○▲△
放課後、教頭に連れられて2人が訪れたのは空き教室だ。
正確には、第2美術室だったそうだが現在では本来の目的では使用されていない。
普通の教室よりも広いここが演劇部の稽古場となっている。
天翔が第2美術室が空いている理由を教頭に尋ねると、天翔の親世代の生徒数が多かった時に作られたこの手の教室は生徒数減少の為、軒並み空き教室となっており、広い分セットや衣装を置く事に都合が良いそうだ。
「部長の宇都美さんには話しておきました。それでは入りましょう」
2人の先にいる教頭はドアをノックすると、そのまま2人に背を向けたまま中の反応を待っている。
「緊張してきたわ。手のひらが汗かいているかも」
「どれ?」
「!」
美月が何気無く出した右手を天翔は躊躇無く握った。
予想もしていなかったこの出来事に美月は、瞬間的に身体中の血液が沸騰してしまうのではないのかと思う程に、体温の上昇を自覚した。
「美月は俺が守る。緊張する事はない」
更に顔を近付けて耳元でそう囁かれると倒れてしまいそうになる。
そしていくら小声でも、すぐ目の前に居る教頭に聞かれやしないかとヒヤヒヤする。もう心臓ははち切れるそうだ。
それでも美月は何とか残った理性を絞り出し、「うん」と小さく頷いた。
「さぁ、入って下さい」
教頭に促されて入ろうにも、『きっと私の顔って真っ赤なんだろうな』と思うと足が進まない。
『こんな時にこんなにドキドキさせるなんてズルい!』
その気持ちは押し殺して何とか稽古場に入る。
一方で天翔は、何が有っても美月を守るという決意を示したかったのだが、一言発しただけで美月がしどろもどろになった事に戸惑いを隠せない。
『なんでこうなる?』
思い当たる節がある。
『もしかしてさっき耳元で囁いた事が、耳に息を吹き掛けたのと同じ効果になったのか? だとしたら俺って、こんな時にこんな場所で自分の彼女にイタズラする様などうしようも無いバカじゃないか!』
稽古場入室の数秒前に自己嫌悪に陥る天翔であった。
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