第11話 誤解です

「御神本先生、これはどういう事ですか?」


 常識的に女性教師と男子生徒が抱き合うなど有ってはならない事だ。それも教室で。


「あの、…これは、その……、違うんです」


「何が違うのですか?」


「あの、……違わないのですけれど、違うんです」


 しどろもどろになっている美月ではまとに答える事は不可能である。そんな日本語が通じにくくなっている美月が相手だ、教頭は徐々にヒートアップする。


「いいですか御神本先生、私に判る様に説明して下さい!」


「あの教頭先生、良いですか?」


 天翔が美月と教頭の間に割って入る。天翔としては何とかして美月を守りたい一心からの自然に出た行動であった。


「ん? 確か、蒼井…だったな」

 

 教頭は天翔の事を思い出すのに僅かな時間だけ要したが、1度見ただけの生徒の顔を覚えていた。緊急事態ではあるが天翔は思わず感心してしまった。


「はい。蒼井天翔です。僕から説明させて下さい」


「良いだろう。君がこの状況を説明してみなさい」


 天翔の落ち着いた口調に、熱くなっていた教頭も落ち着きを取り戻した様だ。


「先ずは教頭先生に誤解を与えてしまった事をお詫びします。申し訳ありませんでした」


「申し訳ありませんでした」


 天翔が深々と頭を垂れると、一呼吸遅れて美月も頭を下げた。美月の頭の中は未だに真っ白なままなので、これが精一杯の行動なのだ。


「誤解?」


「はい」


「教室で教師と生徒が抱き合っていたんだぞ!」


「はい。誤解です。全ては僕の甘えと、御神本先生の親切心と責任感から来た誤解です」


「えっ?」


「どういう事だ?」


 驚いている美月を他所に教頭は天翔に食らいつく。


「実は川﨑先生絡みの一件を御神本先生に相談に乗って頂いていまして」


「川﨑先生の事で?」


「はい。川﨑先生が演劇部の顧問をされていた事はご存知ですよね?」


「当たり前だ」


 教頭は憮然とした表情で返す。


「実は昨日、川﨑先生が怪我をされた事故の直後に演劇部部長の宇都美先輩から相談を受けまして」


「何?」


「顧問の川﨑先生が怪我をして困ったと」


「それで何故抱き合う?」


「川﨑先生ご不在の演劇部を盛り上げる為にも男子部員が必要だと宇都美先輩にスカウトされました」


「お前がか?」


 教頭が驚いている。それは天翔にとっては望んでいた事だ。


「あっ、その顔でって思いましたね!」


 天翔は敢えて明るく戯けてみせた。場を和ます事で教頭の鉾を収めさせたかったのである。


「いや、そんな事は無いぞ、蒼井!」


 慌てて否定する教頭の態度に天翔は一応の手応えを感じた。


「冗談ですよ。宇都美先輩は川﨑先生が怪我をした現場近くにいた僕に何かを感じた様です」


「確かお前はあの時、転落した御神本先生を受け止めたんだよな?」


「はい。とっさの瞬発力が評価されたみたいですよ。男なら女子、しかも宇都美先輩に誘われて嫌な気にならないでしょう。そこで、観劇が趣味と言う御神本先生に演者としての脈が有るのか試してもらっていた所でした」


「えっ?」


 御神本美月、24歳、趣味が観劇と言う話は自分も初めて聞いた。


「御神本先生、そうなのですか?」


「えっ、ええ」


 探る様に問い質す教頭に、たじろぎながらも何とか肯定する。今となっては天翔の案に乗るしかなかった。

 だが実際には美月の舞台芸術への関心は薄い。


「どういうのを観ていますか?」


「そうですね。劇団旬彩のラッツなんて観る度に違う感動を貰っていますね」


 教頭の踏み込んだ質問におっかなびっくり返した答えは、前の赴任校の学校行事で昨年観た公演だ。

 劇団旬彩は東京の浜松町をはじめとして全国各地に専用劇場を持つ、自他共に認める国内トップの劇団である。


「他には?」


「やはり劇団旬彩のタイガープリンス。あの世界観は素晴らしいと思います!」


 今度は堂々と言い切った。が、これも一昨年に学校行事で観た演目である。

 

「劇団旬彩が多いですね。他は? 尼崎歌劇団などは観ませんか?」


 尼崎歌劇団は兵庫県に本拠地が在る女性だけの劇団で、男性役も女性が演じる事で有名である。特に女性に絶大な人気を誇る事でも知られている。

 東京の日比谷にも専用劇場が在るが、チケットは入手困難でプラチナチケットとなっている。


「尼崎ですか? えーと……」


「先生、言っていたじゃないですか。深海組トップの提灯杏湖ちょうちん あんこが推しだけどチケットが取れないって!」


 その時の教頭の切り出し方で天翔は察した。


『教頭は尼崎歌劇団の話をすれば教頭は味方にできる!』


「おお!そうですか! 私は森組の巣鴨佳乃すがも よしの推しなんてすけどね、実は来週の東京劇場のチケットが取れたんですよ!」


 天翔の読み通り今までの固い教頭は何処に行ってしまったのか、急に柄にもなくはしゃぎだした!


「いやー、学校で尼崎の話が出来るなんて思っていませんでしたよ!」


「教頭先生、お好きなんですか?」


「ええ、まぁ。あっ、そうだ!」


 教頭が何かを閃いた様だか、天翔と美月はそれがあまり良い事ではない気がしてならなかった。


「御神本先生、川﨑先生に代わって演劇部の顧問になって下さい!」


 こういう時の予感は的中する物だ。

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