第12話 演劇部へ

「演劇部の顧問ですか?」


「はい。御神本先生以上の適任者は居ません! 是非ともお願いします!」


 天翔と美月は揃って、年甲斐もなく瞳を輝かせ懇願する教頭に面を喰らった形となった。


「お話は嬉しいのですけれども、私程度の者が演劇部の顧問だなんて烏滸がましいにも程があります」


「ご謙遜を。いいですか、深海組の提灯杏湖が推しと仰られた時点で、「ああ、通だなぁ」と思いましたね!」


「そうでしょうか?」


「ええ。彼女は一見すると華が無い。舞台上でも下手すると何処に居るのか判らない位に存在感が怪しい。トップになった時にもファンの間では批判も有ったくらいです。しかし彼女は、此処ぞと言う場面になると誰にも出せない光を放つ!」


「そ、そうなんですよ」


 熱を帯びて語り出す教頭に、冷や汗をかきながら話を合わせる。

 一方で天翔は苦し紛れに名前を出しただけの提灯杏湖の名前で、まさか教頭がこんなにもヒートアップするとは予想していなかっただけに、彼女の名前を安易に口にした事を後悔した。

 

「あんな玄人好みの役者が推しなんて、御神本先生は判っていらっしゃる!」


「あっ、ありがとうございます」


「そこで演劇部をお願いします!」


 話の流れに乗ってごく自然に教頭は切り出してみた。その勢いで思わず「はい」と言いそうになった美月であったが何とか踏み留まった。


「あの教頭先生、お話はありがたいのですが私は箏曲部の副顧問です。それに川﨑先生も1か月後にお戻りになられますし」


「それには心配及びません。箏曲部顧問の箕輪先生には私が話を通しますよ」


 オババの愛称を欲しいがままにするベテラン教師と言えども、教頭に頼まれれば首を縦に振らざるを得ないだろう。

 やんわりと断ろうとする美月の退路は次々と絶たれていく。


「御神本先生の顧問は川﨑先生が戻る迄ですか?」


 今度は天翔が教頭に聞く。一時的なのかどうかの確認だ。

 教頭のこのテンションでは無理に断る事は得策ではないと判断した為だ。

 だがこの質問で、それまでテンション高めだった教頭の表情が一気に引き締まった。


「ここだけの話、川﨑先生には演劇部に関して良くない話を聞いてましてね。本校としてはこれを機に演劇部の顧問を外れて頂こうと思っています」


 それはセクハラとパワハラの事で間違いない。やっぱり誰かが学校に訴え出たのだと天翔は確信した。

 川﨑の悪行が何なのか知らずに、教頭の言わんとする事が何かを理解出来ない美月だけがキョトンとしている。


「良くない話ですか?」


「川﨑先生に厳しい指導を受けて退部せざるを得なかったと言う生徒が複数人いました。注意はしたのですが、昨日の御神本先生への言動を撮影した生徒から動画を見せてもらい確信しました」


 教頭は口調も眼差しも熱くして美月と天翔に向ける。


「御神本先生、お願いします。そして蒼井、君は演劇部に入部したまえ!」


「いえ教頭先生、先ほど芝居の真似事をしてみましたがやっぱり自分には難しいと思いました。演劇の世界には、「観る天国やる地獄」って言葉がある通りでしたよ。僕は観る側の人間です。御神本先生も演技をした事が無いそうですから御神本先生も僕も演劇部は厳しいかと」


「それなら心配無用だ。今の部長は優秀だからきっと大丈夫に違いない。案ずるより産むが易しだよ!」


 再び表情が晴れ渡り、天翔の肩をポンと叩く教頭を見て美月は観念した。


「承知しました。天翔くんもそれで構わない?」


「天翔くん?」


 観念して緊張の糸が切れたのか、美月は思わずいつも通りに呼んでしまった。ハッと気付いた時には手遅れで、「どうしよう」と言わんばかりに目を泳がせて口元に手を当てている、

 当然ながら教頭は聞き逃す訳も無く、驚きを隠せない。


「さっき劇団旬彩の演目のワンシーン、悲恋の恋人を演じてみたので役が抜けてなかった様です!」


「そんな事で役になり切るなんて、やっぱり演劇部に相応しいですよ、御神本先生!」


 天翔のフォローは火に油を注ぎながらも、何とかその場を凌いだ。

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