第10話 見られた
新学期も2日目が何とか終わり放課後、他の生徒が下校して誰も居ない無い教室で話し合う教師と生徒が居る。美月と天翔である。
「寄りに寄って担任か」
「学校では先生でしょ!」
美月は困惑した表情で脱力している天翔を宥める。
「御神本美月先生が担任になるのは嬉しいけど、それはそれで困るな」
「どうして?」
意外だったのか、目を丸くして美月は聞き返す。
「必要以上に担任の御神本美月先生を見つめてしまうからな。合法的に」
「ばか!」
天翔は照れくさそうにそう言って俄に顔を赤らめて俯く美月に見とれていた。
この一連の流れは、紅潮した美月の頰を可愛らしいと思う天翔がそれを見たい時に取る常套手段だ。
美月も美月で、何度も同じ様に言われているにも関わらずご丁寧にその度に同じ反応をしてしまう。
「でも御神本美月先生が担任なのもゴールデンウィーク明けまでの1か月か。もっと長くていいのに」
「私は勘弁よ。教室に行く度にドキドキして心臓が持たないわ!」
残念がる天翔とは対象的に、未だ僅かに頰の赤い美月はすぐ傍に居る天翔が聞き取れるかどうか位の小さな声を出す事が精一杯だった。
「ところで天翔くん、どうして私の事をさっきからフルネームで呼んでいるの?」
「「美月」と呼びたいけどそれは出来ない。でも美月は特別だから普通には呼びたくない。それで、「御神本美月先生」と呼んでいる」
「だったら、「美月先生」って呼んで欲しいかな。実はそう呼ばれるのが夢だったりするんだ」
美月は恥ずかしそうながらもにこやかに言った。
「俺がもし「美月先生」なんて呼んでそれを他の奴ら、特に男子が同じ様にそう呼んだらそれだけで気がおかしくなりそうだ!」
ぶっきら棒に言い放つ天翔に俄に美月はときめく。
『「美月」って他の男の子に呼ばせたくないなんて』
と思いながらも条件反射的に再び顔を赤らめて俯く。それを見る度に天翔は思う。
『やっぱりかわいい!他の連中が美月の可愛い姿を見る事はおろか、名前を呼ぶ事さえ許してはダメだ。そんな事が有れば俺のメンタルが持たない!』
実はその内に、美月の美しさが何かの拍子にバレてしまうかも知れないと、天翔も気が気でないのだ。
「でもやっぱり普通に「御神本先生」でお願い。でも学校の外で2人の時は「美月」って呼んで欲しいな♡」
「わっ、判ったよ。「御神本先生」!」
意識した訳ではないが語尾に「ハート」って付けるつもりで美月が言えば天翔は断れない。
これは天翔に限らず、好きな女性にそう言われれば大抵の男はそうなるのではないだろうか。
「ところで御神本先生、部活の顧問とかは頼まれたの?」
「箏曲部の副顧問」
「箏曲部? 琴弾けるの?」
「失礼ね!」
美月が拗ねてみせるが、冗談だと判っているので天翔はまたしても見とれている。
その流れで琴を奏でる美月の姿を想像してみた。
艶やかな和服で着飾って、真剣な表情で琴を爪弾く。それだけで身悶える事が出来るのだから、天翔の美月への入れ込みも相当な物だ。
「でも箏曲部の顧問って、箕輪のオババだろ?」
「うん。箕輪先生よ」
箕輪洋子、定年前の温厚そうな女性教師は生徒からオババと呼ばれて親しまれている。
「ねぇ、箏曲部に入らない?」
「止めておくよ。演劇部と同じで女子しか居ないんだろ?」
天翔の頭には不意に、演劇部部長の宇都美悠衣との話が横切った。
「そう言えば演劇部で思い出した!」
美月の声が突然大きくなった。その変わり様に天翔は驚きを隠せない。
「何よ、昨日のあの子、演劇部の部長! 親しげに話しちゃって!」
そこで天翔は昨日の、親の仇でも睨み付けるかの様な美月の視線を思い出した。
「いや、あれは演劇部の部長から川﨑の件で感謝されたんだ。どうやら顧問を務める演劇部の部員からも嫌われていたみたいだ」
「その割には鼻の下です延びていたんですけど!」
色々な表情の美月を見たい天翔であったが、この怒りに満ちた美月は見たくはなかった。いつもの可愛らしい焼きもちなら大歓迎なのだが、今回は少し事情が違った。
美月は天翔との距離を縮めてブレザーの制服のネクタイを掴む。
「やっぱり同じ高校生の方がいいのかしら?」
「あ、あの、御神本先生」
「なんですか?言いたい事が有れば言って下さい、蒼井君」
冷たく低い声になっている美月に天翔はただ怯えるだけではない。内心では、美月は自分を独占したいのかと思うと、この態度さえも可愛らしく思っていた。
「必要が有って女子と話す事は有っても、美月以外をどうこう思う事は無い! 有り得ない!」
魂の叫びと言わんばかりに自然と声が大きくなる。
「本当?」
至近距離で真顔で言われて、今度は美月が大人しくなった。
「愛しているのは美月だけだ!」
「天翔くん!」
人気の無い教室で、自然と流れで2人は抱き合ったその瞬間だった!
「何をしているのですか!」
ガラッと教室の引き戸開いたかと思うと、そこには鳩が豆鉄砲を食ったような表情の教頭が立っていた。
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