第242話 デミグラスソース
242 デミグラスソース
宿に戻って簡単に帳簿をつけてから僕はラッセルさんからもらった香草の準備をする。
乾燥させた方が良いものは魔法で優しく乾燥させて、必要な部分をちぎったり刻んだりして保存用の瓶に入れる。
結構な量だ。ありがたく使わせてもらおう。
シャワーを浴びたフェルの髪を乾かしてあげて、ガンツの部屋に行きノックをする。
ガンツはまだ帰って来ていなかったからフェルと食堂に降りた。
そういえばあの後3男はどうなったのだろう。
まあ気にしなくてもいいか。
僕たちが帰る頃3男は冒険者の人たちとまだ飲んでいた。あの調子なら夕飯は食べないだろう。
軽めに夕食をとって一度部屋に戻った。僕もシャワーを浴びてから行きたい。
少し魚臭い気がする。
時間になり厨房に降りると今日も支配人が張り切った笑顔で待っていた。
スティーブさんと打ち合わせて、鯛の準備をする。
鯛を3枚におろして塩を振り、少し置いておく。その間にお米を研いだ。
一度切り身やアラを水洗いしてお酒を少し振りかけておく。少し魚の生臭さをとりたいのだ。
骨の周りの身を昨日と同じくかき出してコンロで軽く炙る。
骨以外のアラはしっかり焦げ目がつくくらい炙った。
それらを鍋に入れて薄切りにした生姜と一緒に煮込む。
鯛の骨は手で2つに折って入れた。
こうした方がよく出汁が出ると思う。
スティーブさんが魚の骨でスープを作る場合あまり煮込まない方が良いと教えてくれた。30分以上煮込まない方が良いらしい。
鯛の切り身はお酒に少し醤油を入れたものに漬けておいた。少し下味がついていた方が良いとこれもスティーブさんが提案してくれたものだ。
丁寧にアクを取り鯛の出汁が出来た。
クセのない品の良い味に仕上がったと思う。
それを一度ザルで濾してお米と一緒に鍋に入れる。昆布を入れて少し置いておいた。
その間に魚のアラから食べられる身をほぐしてお米の鍋に一緒に入れる。
切り身をつけておいた調味料も加えて、味を見ながら醤油とみりんを加える。
少しだけお塩も入れた。
切り身は皮の部分を少し焦げるくらい炙ってから鍋に入れる。
調味料の分量はメモにとっておいてもう一度作るときの参考にする。
今日は初回なので感覚で味付けした。
炊き上がるまで明日の仕込みとトマトソースを作る。
ウスターソースは作り方を教えて欲しいということだったので後から作ることにした。
スティーブさんはマルコさんには会ったことがないらしい。僕が直接トマトソースの作り方を習った話をすると羨ましがられた。
いつかは会いに行きたいとは思ってるみたいで、もしもスティーブさんがピザを作れるようになったら領都で美味しい海鮮のピザが食べられるようになるかもしれない。
街道が整備されればいいんだよな。
領都からマルコさんの住む街に行くにはあの嫌な貴族の作った街道を通らなくてはいけない。
僕たちが来た道だと一度王都に出ないといけないから遠回りなのだ。
マルコさんは料理人の間ではかなり有名な人らしい。マルコさんのトマトソースのレシピで勉強した人はかなり多いみたい。
僕は運が良かった。あの時いい出会い方ができて良かったな。
そういえばあれからピザを食べてない。
そのうち作ってもいいかも。フェルはトマトが大好きだし。
トマトソースでナスの入ったピザを作ったらどうなっちゃうんだろう。
大喜びしてくれるかな。
なかなか王都では家で料理を時間をかけて作ることができず、せっかく作ってもらったパスタマシンもあまり出番がない。
すっかりうどん製造機になってしまっている。
結構うどんって簡単なんだよね。
前の日に生地を仕込めば次の日練り込むだけだから。
そろそろ鯛めしが出来上がる。
少しだけ火を強くしてお焦げの部分を作った。
そういえば土鍋はどうなったんだろう。
炊飯器に土鍋の素材が使われていることは教えてもらったけどあれからゼランド商会で土鍋を売り出したって話は聞かない。
あとで3男に聞いてみよう。
冬に土鍋で鍋料理を作るのもいいな。
そしてきっと高い確率でコタツが欲しくなる。だけどそれは自重した方が良いかもしれない。そんなの日本人以外誰もやらないよ。
フェルとコタツでイチャイチャしたいけどそこまでのハードルはちょっと高そうだ。
だけどいつかちゃんと話したいな。僕のこと。
蒸らしも終わりいよいよ鯛めしの完成だ。みんなが集まってくる。
蓋を開けると美味しそうな匂いがあたりに広がった。
さっそくお茶漬けにして食べたいと言う支配人を宥めて、まずは普通にお皿に盛って食べてみることにする。
美味しいなこれ。
昨日の鯛めしよりもかなり上品だ。どこかの料亭で出て来そう。鯛の旨みも強く残っていて荒々しい部分はすっかりなくなっていた。
だけどこれだとなんだかつまらないな。インパクトがない。
もっと素朴な感じがあっても良いと思った。
「少しアクを取りすぎたのかもしれないな。前回のこともあったからね。ちょっと丁寧に作りすぎたようだ」
スティーブさんも僕と同じような印象を持っているみたいだ。
鰹節の粉を混ぜてみるとまた印象が変わる。魚っぽさが出て面白い味になったけど、目指している鯛めしの味からは少し離れてしまった気がする。
支配人のためにお茶漬けを用意した。
せっかくだからと、丁寧にお吸い物を作っているような気持ちで作ってみた。
支配人は感動しているけれど、これはなんだか背筋を正さなくちゃいけなくなるような、それこそ貴族が食べるような高級な味だ。
スティーブさんにはこれは僕の目指してる味ではないと伝えた。
「決して悪くはないのだけれどね。屋台を出す前にも言ったけど、ある程度の雑な部分も素材の味だったりするからね。そのあたりはクライブがとても上手かったよ。あいつは食材を無駄にするのがとにかく嫌いだったからね。あいつは余ったものをいろいろ鍋に放り込むけど出来上がったものは何故かすごく美味しいんだ」
そう言われて以前にビーフシチューのアクを取りすぎて注意されたことを思い出す。
なるほど。スティーブさんの言っていることはよくわかる。
ひと通り明日の試作の方針を定めて今日の試食会はおしまい。フェルは厨房のみんなと後片付けをしている。
なんか楽しそうにやっているから少し悔しいけど、そんなことを考えてたらフェルと目があってニコッと笑顔を返される。
かわいい。
スティーブさんと副料理長のフリオさん、そして普段ソースを担当しているというエミリオさんにウスターソースの作り方を教える。
「塩ダレのレシピに似てますね」
そう言ってきたのはまだ若い、ソース担当のエミリオさんだった。
けっこう勉強家みたい。
その塩ダレのレシピをさらに工夫してできたのがこのソースだと説明して、作り方が塩ダレと少し違う部分をより詳しく説明した。
大きな保存瓶で2つ作って1個は僕が持って帰った。
ソースを作りながらスティーブさんたちに屋台で小熊亭の料理を作ってみようかと思ってると話した。
だけどデミグラスソースはまだ作らせてもらえてないことを話すとスティーブさんが、ならば自分で作ってみれば良いと言う。
作り方は教えてもらったし、ちゃんとできていると師匠も言っていた。
だけどお店では作ったことがない。
「クライブの考えてることはなんとなく私にもわかるよ。一度何も考えず自分なりのソースを作ってみたら良いじゃないか。多少店と違う味になったとしてもクライブはそんなことで怒らないよ。作り方はきちんと教わったのだろう?だったら自分で工夫しながら完成させるのも大事だと思うよ。材料は自由に使って良いから作ってみれば良い。寝かしておく時間もあるから作るなら早い方が良いと思うよ」
ソース担当のエミリオさんに使っていい食材をもらって、小さい鍋でデミグラスソースを作る。
エミリオさんが銀の鈴のデミグラスソースの作り方を教えてくれたけど、小熊亭とほとんど同じだった。だけど小熊亭のデミグラスソースの味とはまた違う風味がする。どっちが美味しいとかじゃなかった。両方とにかく美味しいんだ。
遠く離れて別々に仕事をしてしばらく経っているのに、その不思議なつながりがなんだか面白かった。
デミグラスソースは牛のすね肉、タマネギとニンジンとセロリ、それからトマトとその他香草を入れて長時間煮込む所から始まる。
本格的なものは3日以上いろんな食材で煮込んで作るのだけれどそこまでしてしまうと原価がかかりすぎてしまう。
なので小熊亭のドミグラスソースはある程度の工程を省略して作っている。
だけどそれでも初めから作るとしたら最低2日はかかる。継ぎ足して作るならもっと早く作れるのだけれど。
だけど何もない所から作ったとしたらやっぱり1週間くらいは味が馴染んでこないのだそうだ。ソースを熟成させて育てる時間が必要なのだ。ホランドさんの塩ダレも1週間くらい寝かせてから使っていたし。
ちいさな鍋に油を敷き、スジ肉を入れてよく炒める。
フライパンで炒めたタマネギとニンジン、セロリ、適当にサイコロ状に切ったトマトを鍋いっぱいの水で煮込んでいく。
この時香草も一緒に入れてこの鍋をとにかく長時間煮込んでいくのだけれど、とはいえそこまではやってられないので僕の方で少しいろいろ工夫する。
沸騰したらアクを取りそのまま弱火で煮込む。
そして1時間ほどアクを取りながら煮込んだらこの鍋を丸ごと保温の魔道具に入れてしまうのだ。
これで朝までこのままにする。どちらかというと次の工程の方が気を使う。一番出汁はこの程度でいいと思う。こんなことを言ったらフレンチのシェフに怒られてしまうかもしれないけど。
とりあえず今日の準備はここまで。
なんかズルしてるみたいだけれど、便利なものはどんどん活用した方が良い。
道具をマジックバッグにしまったら挨拶をして部屋に戻った。
デミグラスソースまで作ってしまったらけっこう遅い時間になってしまった。
ソースに使った食材の分量をノートにメモして急いでベッドに入る。
「なんだか慌ただしくてごめんね」
フェルにそう声をかける。
「なに、そういう日もある。気にせずたまには好きなことをしろ」
そうフェルが優しく言ってくれた。
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