第241話 どうせなら
241 どうせなら
「この煮物は美味いな。甘辛く煮ていて魚の味に良く合っている」
3男がいるからなのか、あまりはしゃがずに冷静を保とうとするフェル。
だけど自分の取り皿にはしっかりとナスの揚げ浸しを大量に取り分けてあった。
「やっぱりケイくんの料理は美味しいよねー。この魚なんて魚?あーわかったサンマだ。前に塩焼きを港町で食べたことがあるんだー。美味しいよね。新鮮だから生でも食べれるって言ってたけどそれは流石に怖くてさー。でも今思えばなんでも怖がらずに食べてみたら良かったって思うよ。あの時はいろいろ予定が詰まってたからねー。具合が悪くなって足止めされるわけには行かなかったんだよー。あ、漁師の人たちはねー、船の上で生で魚を食べるらしいよ。それがすごく美味しいんだって。新鮮だからお腹も壊したりしないらしいよー。時間があればねー。船に一緒に乗って生の魚を食べてみたかったんだけど」
おにぎり片手に3男がいろいろ話してくれる。マイペースなのはいつものことだ。
サンマの甘露煮はもしかしたら明日食べた方が美味しいかもな。もうちょっと味がグッと染み込んだ方がきっと美味しい。
3男はイワシのフライを絶賛してる。
港町でこういう料理を出す店を作れば絶対流行ると3男が熱く言う。
「とにかくこの辺は何にも名物がないんだよー。せっかくいっぱい取れる魚もさー。その街でしか食べられないし、街道もね。もう少しデコボコが少なくなれば馬車も早く走れるんだけど。ほら、水槽とかに魚を入れて運んだりするからさー。あんまり馬車が揺れると水がこぼれちゃうんだよ。港町には氷の魔法を使える人がほとんどいないし、あ、ガンツが作った氷を作る魔道具?そうなんだよー。これを港町に買ってもらおうと思って今回たくさん持って来たんだー、これいいと思うんだよねー。みんなビールサーバーとか買わないでこっちを先に買えばいいのにー」
実際、僕もそう思う。だけど鬼気迫る表情でビールサーバーを完成させた鍛治師の執念のようなものを見てしまうとそのビールサーバーをみんなが欲しがる気持ちはよくわかった。
イワシのフライは歯触りが良く、小さめのイワシだったけどおっちゃんがいい奴を選んでくれたのか何個でも食べられそうないい出来だった。
冒険者たちのテーブルを見るともうイワシのフライは無くなっていた。
食べるの早いな。何か追加で作ってあげようかな。
サンマの甘露煮をつまみながらなにを作るか考える。
多分なんでもいいんだろうけど、僕がみんなに食べてもらいたいなって思う料理はなんだろう。
せっかくだから小熊亭の料理にしようかな。
前に師匠が作ったみたいに、小さめにして小熊亭のアラカルトメニューを作っていく。もうちょっと考えて材料を仕入れてくれば良かったな。
チキンカツとオムレツ、ナスとベーコンの炒め物。
セシル婆さんの所から買って来たそら豆は、塩で茹でたら油で軽く揚げて塩を振る。味見したら想像以上に美味しかったからフェルのところにも持って行った。
どうしても材料の都合でそっくりおんなじには出来なかったけど、味の方向は一緒だ。夢でうなされるほど毎日扱かれたからな。こんなアレンジ大した問題じゃない。
「王都のお店で出してる料理だよ。気に入ったらいつか王都の小熊亭にも遊びに来てね」
屋台の看板には今日から、王都名物小熊亭のハンバーグ期間限定販売と書いてある。
師匠からしっかり店の名前を出せと言われたので開店前に書いた。
店のメニューを食べてもらって冒険者たちにもちょっとした宣伝だ。
ハンバーグもそのうち出してみようかな。小さめに作って。
デミグラスソースはないけどオニオンソースなら大丈夫だ。オークステーキはトマトソースを作らないとな。
ラッセルさんのくれた香草で作ればいいか。
帰ったら作っておこう。ソースも追加で作らないとな。まあ鯛めしの試作をやってる間にのんびり作ろう。
市場でトマトをいっぱい仕入れなくては。
3男は追加の料理を冒険者たちに出したらそっちのテーブルに移って行った。
いつの間にか輪の中に入って楽しそうにしてる。
すごいな3男。3男はやっぱりどこでも3男だ。
食材をあらかた使い果たしたところで片付けをして撤収する。
ちなみに使い終わった油は商業ギルドで引き取ってくれる。王都みたいにお金はくれないけど地味に助かっている。
屋台を返しに商業ギルドに向かうフェルと分かれてセシル婆さんの八百屋に急いだ。
残っているトマトを全部売ってもらってあとは市場で足りない香草を買い足す。
パンとお肉は明日は350個分。
明日は今日より発注を減らした。
エドさんの果実水を選んでいるフェルを見つけて合流する。
「フェル、今日もありがとう。すごくやりやすかったよ。明日もよろしくね」
そう言うとフェルが嬉しそうに微笑む。
エドさんがそんな僕たちを生暖かい目で見ていたけど、僕と目があって急に真剣な顔になる。
「ケイ、もしかしてサンドラとは知り合いなのか?お前が王都で働いている店ってもしかしてクライブの店のことか?」
「そうですよ。小熊亭ではサンドラ姉さんにはいろいろお世話になってます。でも急にどうしたんですか?」
「あのな、昨日サンドラから手紙をもらったんだ。あいつが手紙なんてよこすのは初めてだからとにかく驚いたぜ。ああ、俺はサンドラとは学院の先輩と後輩でな。一緒に魔法の研究をしていた時期があったんだ。主に研究していたのは氷の魔法だな」
そうなんだ。氷の魔法といえばローザさんが前に使った奴だ。詠唱して敵を串刺しにする、かなり物騒な魔法だったと思う。
「まあ、今は屋台で果実水を売ってはいるが、昔は魔道士として城で働いてたこともあったんだぜ。それで、ちょっと頼みがあるんだが、お前の氷を作る魔法を見せてくれないか?サンドラから手紙と一緒にこの皿が送られてきてな。使い方を実際に見せて欲しいんだ」
「そんなの全然構いませんよ。ちょっと宿でお水もらって来ますね」
宿で水差しにお水を入れてもらってエドさんの屋台に戻る。
出来上がった氷はエドさんがボウルを出して来てここに入れてくれと言う。
いつも通りに製氷皿をコンと叩いてどんどん氷を量産していく。
「ケイ、お前相当な修練を積んだのか?魔力循環だけならもう達人と変わらんぞ」
エドさんが真剣な顔で僕に言う。
僕はエドさんに僕には魔法の才能がないこと、魔力の出力が弱くて大したことが出来ないからこういう生活魔法しか使えないことを話す。
エドさんは真剣に話を聞いていたけど最後は呆れた顔になって笑い出した。
エドさんは僕の魔力循環の熟練度を素直に誉めてくれた。そしてどうしてこうなったか話すと大笑いしていた。僕は少し恥ずかしかったのだけれど。
そして僕がこの氷の魔法を習得した時のことを話して、水に魔力がこれ以上流れなくなったと感じたらその水に刺激を与えると氷になるという話をした。
エドさんが言うには水に込める魔力と氷に込める魔力は少し質が違うのだそうだ。瞬時にそれを切り替えるのが難しいらしいのだけど、僕のやり方なら単純に氷を作るだけならとても簡単に作れてしまう。
エドさんは奥さんにこのやり方で氷を作る方法を教えてみるそうだ。今までは屋台で使う氷は全部エドさんが作っていたみたいで、たまに無くなるとと奥さんがわざわざ取りに来てたらしい。
このやり方なら奥さんにも出来ると思うとエドさんが言ってお礼を言われた。
氷にさらに魔力を込めるってどういうことなのかな?
どんどん固くなるのだろうか。
どうせなら美味しくなったら良いのにな。
そんなことを考えながら宿に戻った。
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