第234話 師匠からの手紙
234 師匠からの手紙
3時を過ぎると冒険者たちがわらわらと集まってきて店の裏にテーブルを並べ始める。みんな律儀にハンバーガーを1個買って、さらに材料費の銅貨3枚を払って行った。
ハンバーガーは結局10個くらい売れ残ってしまった。最後の方はフェルが呼び込みを頑張ってくれたからそこまで売れ残りが出て困るということにはならなかったけれど、余った材料は今日のうちに使い切ってしまいたい。
もうちょっと営業時間を延ばしたら売れたのかもしれないけど、早くエビフライを食べたかったから今日はこれで終わりにしてしまった。
どうしよ。
ロス分の金額はあまり深く考えていなかった。むしろ食材を無駄にしたくない気持ちのほうが大きい。
貧乏性だ。
パンは後でパン粉とかにすればいいと思う。
挽肉はどうかな。
エビの頭とアジの骨で出汁を取り、味噌味の鍋を作ることにした。
挽肉は肉団子にして入れちゃおう。
メンチカツでも良かったけど、照り焼きバーガーの肉は牛肉を使ってないからイマイチな気がした。
肉団子を適当に鍋の中に放り込み、セシル婆さんのところで買った野菜を入れる。
あんまり深く考えず、思いついたものをとにかく入れていった。
鍋ができたらエビフライの準備をする。
フェルにお米を炊いてもらった。
せっかくだから定食みたいにしたい。
殻をむいたエビを片栗粉とお塩で洗って水気を拭く。お腹のところに切り込みを入れて衣をつけて揚げていく。
3枚におろしたアジも下味をつけてフライにした。
コロッケでも作れば良かったかな。そしたらミックスフライの定食みたいになったかも。
僕たちは定食風にご飯と味噌鍋、そして自分たちの分のフライを取り分けて、冒険者たちには鍋を丸ごと、フライは大皿に盛り、各自勝手にやってもらうことにする。
残ったお米はおにぎりにして適当に置いておいた。面倒なので塩むすびだ。
昨日の鯛めしのようなおかしなことにはならないで、今日はみんな楽しそうに食べている。
なんて名前のエビかはわからないけど、しっかりと食べ応えのあるエビフライにタルタルソースをつけて食べたらすごく美味しい。
無いと思っていたらそれなりになんとかやっていけたけど、魚がある生活を経験しちゃうと元の生活に戻れるかどうか心配になってしまう。
禁断症状とか出ないだろうか。心配だ。
ビールによく合うと、みんなフライを美味しいと言って食べてくれる。
フェルも美味しそうにエビフライを食べている。
タルタルソースをたっぷり付けて食べるのがフェルの好みらしい。
唇にタルタルソースが付いてます。
早く次の一口を食べたいのか頬いっぱいに食べ物を詰め込み、懸命になって咀嚼しているフェルの姿が見ていて愛らしい。
そんなに急いで食べなくても良いのに。
でも何か言うとすぐに機嫌が悪くなるからそっとしておこう。
衣がサクサクのエビフライを冒険者たちは尻尾まで残さず食べてしまった。
もっといっぱい買ってくれば良かったな。
仕入れてきた食材でツマミを適当に作りつつ冒険者たちに料理の感想を聞く。
だけど、みんなが口を揃えて気にするのは材料費のことだった。
領都でも魚を使った料理はやっぱり少し高級なものになるらしい。たった銅貨3枚で本当に大丈夫なのかみんなが心配する。
確かにエビフライの原価を考えれば売値は銅貨10枚から15枚くらいになるだろう。
もっと安く魚が手に入るようになればみんなが気軽に食べられる料理にできるのに。
でもみんなから銅貨3枚貰えてればそこまで予算ははみ出てるわけじゃない。
お肉とかは端切れを安く譲ってもらっちゃってるし。セシル婆さんの野菜は安くてとっても新鮮だし。魚屋のおっちゃんもなんだかんだオマケしてくれてるし。
だから僕もちょっとオマケしたって良いと思う。
そんな風に優しい輪が生まれるのがなんだか心地良いんだ。しかもこれはお金儲けしてるわけじゃないんだから。
「こういう料理ってお店で食べたらどれくらいするの?」
昨日話したビトさんが横にいたから聞いてみる。
「そりゃこんなに美味けりゃけっこう高級な店に決まってる。銅貨20枚はするだろうぜ。他にもお前、いろいろ作ってくれてるしな。少なくともこんな風にうまい飯で酒が飲めるような店なんてこの領都にはねえな。お前もう領都で店を出せよ」
「準備が全然出来ていないよ。まずはお金を貯めないとね。あと料理の修行も途中だし。知ってる?僕の師匠ってすごく怖いんだよ。中途半端なことをしたらぶん殴られちゃうよ」
おっちゃんがサービスでくれたワカサギのような小魚は、腹ワタを抜いてフライにした。ウスターソースで食べてもらおう。
鍋の締めに雑炊でも、って思ったら鍋はもう空っぽ。用意したおにぎりも消えていた。
みんなさっきハンバーガー食べたんだよね?よくそんなにガツガツ食べられるよ。
エビフライとアジフライをひとつずつ、揚げたてを油紙で包む。
ポーションの瓶をフェルに浄化してもらって中にソースを入れる。
ちょうどラッセルさんが来たのでハンバーガーを2個と揚げ物の入った包みを渡した。
ラッセルさんは昨日の鯛めしにかなり衝撃を受けたようで、今日は料理に使える香草をいろんな種類持ってきてくれた。
「昨日の、驚いた」
ラッセルさんが一言だけ言う。
すごい。こんなにいろんな種類を集めるなんて大変だったんじゃないだろうか。
ラッセルさんは相変わらずほとんど喋らないのでとにかく何度もお礼を言って香草を受け取った。
屋台を返して今日の売り上げを入金したらけっこう良い時間になってしまった。
調子に乗っていろいろ作り過ぎた。
宿に戻って帳簿をつけて考えてみる。
400個パンを仕入れて50個売れ残ったとしたら、原価はだいたい売値の半分だから300個売り切れたことと変わらなくなってしまう。
その50個を売ることで並んでくれたお客さんは満足するかもしれないけれど食材が無駄になるのは嫌だ。
売り切れでサービス券を1日20枚配ると銅貨20枚分の将来の売り上げが減る。
でもそのお客さんは次回また来てくれるかもしれない。
このやり方は有効な気がする。
300個仕入れて売り切れを狙うと1日の売り上げは銀貨9枚。
うーん。無難だけど仕入れはこのくらいにした方がいいのかな。
「ケイ、クライブからの手紙は良いのか?せっかく急いで持ってきてくれたのだから先に見た方が良いと思うぞ」
帳簿を見つめながら悩んでいる僕を見てフェルが声をかけた。
そうだった。師匠に凄まれて急いで手紙を持ってきてくれたジークのためにも早く読まなければ。
師匠からの手紙はだいたい想像通りだった。
ハンバーグのレシピは僕の好きにしていいらしい。
レシピを教えたとしても金は受け取るな。屋台をやるなら店の名前をきちんと出して恥ずかしくないものを作れ。中途半端は許さん。そしてしっかりうちの店を宣伝してこい。
手紙の内容はこんな感じだった。
そして最後に、暇だったら銀の鈴という宿に昔馴染みがいるから厨房で皿洗いでもしてこいと書いてあった。
たぶんスティーブさんのことだろう。
腕のいい料理人の仕事を見てしっかり学んでこいってことだと思う。
なんだか領都に来ても師匠の掌の上だ。そうだよな。最初に領都に行ってこいって言い出したのはそもそも師匠だったんだから。
手紙の内容が気になってるらしいフェルに手紙を渡すとドアをノックする音がする。
ガンツのお弟子さんが来て保存箱をくれた。銀貨3枚渡してちょっと大きめのその箱を受け取った。
あとで試してみよう。
そして食材をいろいろ詰め込んで王都に持って帰るのだ。
最初の目的をすっかり忘れて何をお土産にしようかいろいろ考える。
やっぱり魚かなー?ロイに美味しいパンを買って帰るのもいいなー。時間停止だから一緒に入れたものに匂いが移るってことはないだろう。
楽しくいろいろ想像していたらフェルが手紙を読み終えたので夕飯を食べに行く。
フェルは普通の量、僕はご飯を少なめにしてもらって夕食を食べる。
僕の作る料理とは全く違うけれど、いつの間にか普通の宿の定食でさえ僕たちの好みの味になっている。
醤油と出汁の取り方を簡単に説明しただけなのに。
スティーブさんの料理人としての技量に圧倒されてしまう。何よりすごいのは僕みたいな若造の言うことを真摯に受け止めて自分のものにしてしまえることだ。
料理人としてスティーブさんの仕事を心から尊敬する。
なんだか意気消沈してしまったけれど食事を済ませたら気を取り直してフェルと一緒に厨房に行く。
フェルは今日も厨房をお手伝いするそうだ。
「皿洗いでも掃除でもなんでもやるぞ。騎士団ではまず雑用から始めるからな。意外と私は掃除は得意だったのだ。料理は全く出来なかったが」
ちょっと落ち込んでいる僕を気遣ってくれているのか、わざと明るく振る舞って僕を元気づけてくれる。
そうだね。僕もフェルを見習って頑張ろう。せっかくスティーブさんが持ってる知識を全部教えてくれるって言ってくれたのだから。
厨房には支配人もいて、期待を込めた眼差しで僕を見てくる。
そんな熱い目で僕を見られてもちょっと困る。
さっそく作り方を教えるために実際に鯛めしを作ってほしいと言われる。
だけどその前にスティーブさんといろいろ話してみたかった。
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