第233話 商売
233 商売
朝早く宿を出て真っ先におっちゃんの魚屋に飛び込む。
「おっちゃん!昨日の鯛、すっごく良かったよ!銀の鈴の支配人がすごく気に入ってくれて、僕の作った料理を褒めてくれて、これからスティーブさんとその料理をいろいろ試作して、もっともっと美味しいものにすることになって、だから多分その連絡がおっちゃんのところに行くと思うんだ。あんなに立派な鯛ってよく入るの?」
「お、おう。どうした。ま、ちょっと落ち着け。なんだ?鯛の話か?まぁ時期にもよるけどな。鯛なら割と年中手に入るぜ。ただ昨日みたいに特別いい状態で入ってくるかっていうと、そこまで数は多くないかもな。港町なんかじゃよく揚がってるから、いいやつを毎日買い付けに行ければいいんだが、急いでも港町まで丸一日かかっちまうんだよな。街道がもっと整備されてりゃもっと早くつけると思うんだが」
おっちゃんのところでは定期的に港町と行き来している行商人から魚を買い付けている。そのうちの数人はおっちゃんの店にだけ魚を下ろしてくれる専属の仲買人のような感じで取引しているみたい。
あの鯛はその日、特別ものが良かったからすぐにその専属の仲買人が馬車を走らせて、できるだけ鮮度が落ちないように急いで領都に運んでくれたのだそうだ。
「今日はエビが入ってるぜ。前に欲しいって、にいちゃん言ってただろ。3尾で銅貨5枚。10尾買ってくれたら銅貨15枚にしてやるよ」
「おっちゃん、数はどれくらいある?」
「けっこう入ってきたから在庫はいっぱいあるぜ。何尾欲しい?」
「じゃあ20尾お願い。そこの鯵は5尾、なるべく型が大きいのちょうだい」
「お、今日はけっこう買ってくれるじゃねーか。エビはどうする?頭外しとくか?」
「あー、下処理しとかないとすぐ悪くなっちゃうからねー。おっちゃんちょっと場所貸してよ。エビの下処理やらせて」
「お、兄ちゃんそんなことも出来んのか?」
「海のエビは初めてだけどね。殻ってむいたほうが鮮度が持つのかな?それとも料理する直前にむいたほうがいい?」
「殻は料理する直前にむいたほうがいいぜ。エビの水分が抜けていっちまうからな。頭と背腸を抜いて冷やしておけばエビは明日までは持つはずだ」
おっちゃんのアドバイスを聞きながら頭と背わたを外していく。外した頭はお酒とお塩、そして片栗粉を溶かしたもので丁寧に洗って氷で冷やしてから保存箱に入れた。
「わかってんじゃねーか兄ちゃん。エビは塩でよく洗ったほうがいいんだ。だが、その粉は知らねーな。なんだこれ?」
「じゃがいもの粉だよ。小麦粉を売ってる店なら置いてあるごく普通のやつ。じいちゃんがこうすれば汚れがよく落ちて良いって教えてくれたんだ」
片栗粉は田舎でじいちゃんも自分で作っていたことがあったけど、けっこう手間がかかって大変だからそのうちやらなくなった。川魚は片栗粉で洗うと臭みが取れるって昔教えてもらった。
川魚は山の奥の方まで行けば捕まえることができた。子供の頃じいちゃんに魚を食べたいとわがままを言ったら何度か取りに行ってくれたのだ。
でもあんまりその場所は安全じゃないからそのうち無理にじいちゃんに魚が食べたいとねだることをやめてしまっていた。
「なるほどな、兄ちゃん。料理人でなかったらうちの店で働いてもらいたいくらいだぜ。いいこと教えてもらった礼をしなきゃな。その樽に入ってる小魚好きなだけ持っていっていいぜ」
樽の中身はワカサギ?小振りの小魚がいっぱい入ってる。
「塩漬けにする前のやつだからできれば今日中に食ってくれ。内臓は食えないが、丁寧に洗えば生でもいけるぞ。明日食べるんでも、しっかり火を通せば大丈夫だろう」
おっちゃんにお礼を言ってお金を払って店を出た。忙しいはずなのにおっちゃんがエビの下処理に付き合ってくれて助かった。鯛めしの試作を今度持ってこよう。おっちゃんだって自分のところの魚が美味しい料理になったことを知れば嬉しいはず。
なんだか勢いがついてしまってセシル婆さんのところでも少し時間をかけて色々仕入れてしまった。
ひとつひとつの野菜をじっくり見て鮮度を確かめる僕を見て、セシル婆さんは笑いながら袋から良いやつを出してくれた。
「若いのにけっこう目が効くんだねぇ。なかなか手強いお客さんだ。気に入ったよ。これからは欲しいものがあれば先にアタシに言いな。葉っぱが欲しいとか今が旬なものをいくつかとかそんなくらいでも良いよ。その時の一番いい奴出してやるから」
セシル婆さんは優しく僕にそう言った。
魚屋で僕が興奮しながらいろいろ仕入れている間にフェルはセシル婆さんのところで果物を選んでいた。
フェルに待たせたことを謝って、選んだ果物も合わせて代金を払う。
屋台で使うお肉の仕入れのついでにマリーさんのおすすめのお肉を少しだけ購入する。
まあまあお金を使っちゃったけど、大丈夫だ。屋台の営業も順調だし、自分の勉強のために稼いだお金でいろいろ買って作ってみたい。
冒険者たちからも材料費をいただいていることだし。そこまでの負担にはなっていないと思う。
仲良くフェルと屋台を引いて今日も広場で準備をする。
仕込みの最中はどこか上の空で、フェルに何度か声をかけられてしまった。
エビだ。ついにエビが手に入ったのだ。
お刺身にしても良いくらいの鮮度だった。もしかして水槽に入れて持ってきたのかな?
エビチリ、エビマヨ、炒め物。てんぷらにしてもいいけれど、もう最初に作る料理は決まっている。
エビフライだ。
そして僕はエビの頭をどうしようかさっきから考えている。
お味噌汁でいいかなぁ。お吸い物はちょっと神経を使いそうでくたびれちゃうから。
エビの頭をカラッと揚げて潰して粉にすれば、良い出汁の素になるだろうか?
そんなことを考えながら少し不謹慎だけどさっさと仕込みを終わらせた。
とにかくエビフライは絶対外せない。
営業中の看板を出そうとしたところで、ジークさんのパーティが屋台にやってきた。師匠からの手紙を持ってきてくれたのだ。
さっき領都に着いたばかりらしく、まずはじめに僕のところに手紙を持ってきてくれたんだそうだ。
「ずいぶん早かったんじゃない?1週間くらいって言ってなかったっけ?」
「それがな、俺たちが王都に着いた次の日にちょうど領都に行く商会の護衛の依頼があってそれを受けたんだ。そしたらその馬車がすげえ早く走る馬車でな。途中一泊しただけでもうこっちに着いちまった」
ジークが鉄板でハンバーグを焼く様子をよだれを垂れ流しそうな勢いで見ながら教えてくれた。
「へー。そんなこともあるんだねー。じゃあ疲れてるんじゃない?明日でも良かったのに」
「いや、クライブさんからあんな顔で『頼むぞ』とか言われたらすぐ渡しに来るって。いや、まじで怖かったもん」
ジーク。その気持ちはよくわかる。
出来上がったハンバーガーをお礼代わりにみんなに持たせた。
これからギルドに報告に行くそうだ。
みんなを見送って屋台の営業を始める。
ハンバーガーの売れ行きは順調だけど、やっぱり最初の頃の勢いはない。
そろそろ仕込みの数を減らした方がいいのかな?
原価はだいたい銅貨3枚弱。1個売れると銅貨3枚の利益が出る。
400個ハンバーガーを売れば銀貨で12枚の利益。だけどきっとこんなのずっと続くわけがない。
350個で利益はだいたい銀貨で10枚くらい。そのくらい売れればそれだけでもう充分すぎるくらいだ。
3時を過ぎてハンバーガーは残り80個くらい。さすがに今日は売れ残ってしまうかな。パンは何かに使えそうだけど挽肉は今日のうちに使い切りたいな。
小熊亭のハンバーグの材料は次の日に持ち越して使うことはない。
師匠のこだわりもあると思うけど、時間停止のマジックバッグに入れて次の日に使おう、とかいうこともない。
商売するって難しい。天気にだって左右されるだろうし。
ホランドさんもオーク肉が余ってしまうのを悩んでいたしな。
けしてあの時出してたオーク肉の素揚げが美味しくないわけではなかったのに。
いろいろ考えるのは帰ってからにしよう。
とりあえず屋台の営業に集中だ。
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