第228話 秋茄子は
228 秋茄子は
まな板はダメになったら捨てればいいかと思って一番安いやつを買って来た。
買って来た木のまな板は少し前から水につけておいている。
まずはアジを3枚におろす。
アジフライを作るのだ。
小さなアジなら開いてハートマークのような形に仕上げるけれど、おっちゃんが入れてくれたのはかなり肉厚の大型のアジだった。
鱗とヒレを切り取って3枚におろす。
何故だろう。手が覚えている。
これも前世の記憶と言って良いのだろうか。何千枚とアジを下処理してきたかのように澱みなく包丁が進む。
ガンツの包丁が良いからと言うのもあると思う。
手際よく5匹のアジは3枚におろせた。
気がつけばみんなが僕の作業に注目していた。なんだか恥ずかしい。
「王都にも魚はあるのかい?」
隣のスープ屋のおじさんが不思議そうに聞いてくる。
「いや、やけに手慣れてるなって思ってな。兄さんまだ若いのに俺なんかより包丁が上手いぜ」
「きっと魔物の解体とかいっぱいやってたからですよ。それに大きな魚だから捌きやすいし、他の魚だとどうですかね。知らない魚もいっぱいあるし」
「一度ジェイクのところで魚の捌き方を教わってみるといいんじゃないか?ああ、ジェイクってのはうちが仕入れてる魚屋の店主でな」
「知ってます!このアジもおっちゃんとこで買って来たんです」
「あいつは教えたがりだからな。きっと喜ぶぜ、時間があったら聞いてみなよ」
そんな話をおじさんとしながら無意識に骨を抜く道具を探している自分に気付く。
そうか、そういう道具も必要なんだ。
だけど今は持っていないからハサミを使ってうまく身に残った骨を抜いた。
生まれて初めて魚を捌いたはずなのに、体が覚えてる。なんだか気持ちが悪いけど、不思議とうれしいと感じている自分がいる。
その気持ちを信じて僕は料理を作っていくべきなのかもしれない。
そういう気持ちには小熊亭の仕込みをしている時にも感じたりする。
きっと前世の僕も料理が好きだったんだ。
おっちゃんに魚の捌き方を教わりたいとは思ったけど、そんな時間は屋台をやる限り作れそうに無かった。
まあ、よっぽど難しい魚に出会わない限りは困ることもないかもしれない。
そんなことを考えつつタコの下処理を済ませ、イカは大きめの短冊に切って、タコはぶつ切りにする。
塩を振って少し水気を抜いておいた。
ご飯はフェルが炊いてくれているので僕はこっちの作業に集中できる。
アジの切り身にも少し強めに塩と胡椒で下味をつけて、油を入れた鍋を温め始める。
キャベツの千切りとトマトを切って大皿に盛る。
フライはフライで別の大皿に盛ろう。
魔法でさらに乾燥させたパンをフェルがすりおろしてくれる。
フライを揚げる準備をして、タコは唐揚げにする。
ついでに軟骨も唐揚げにしてしまおう。
アジに衣をつけて温まった油で揚げていく。少し早いかなと思うくらいで取り出した。
もともと生でも食べれそうなくらい新鮮なアジだ。この方が身がふっくら仕上がるはず。
余熱でアジフライに火が通ってる間にイカやタコの唐揚げを揚げていく。
最後に火を強くして、油を高温に保ち魚の匂いをできるだけとった。
どかっと大皿に2つ、フライの盛り合わせができる。
僕たちの食べる分は別にして残りはもうすでにお酒を飲み始めている冒険者たちに渡した。
「しっかり味がついてるからそのままでも美味しいけど、このソースを少しつけて食べても美味しいよ」
お店で使えるほど多くはないけれど、ウスターソースはマジックバッグに入れて持ち歩いていた。
ソースをお皿に移して何個かおいておいた。
僕たちは屋台のテーブルに並んで座り、出来上がった料理を試食する。
「アジのフライって言うんだ。ホランドさんのところのトンカツみたいに魚をパンの粉でくるんで揚げたものだよ」
「見た目はそんなにミナミの料理と変わらないな」
フェルは箸でアジフライをつまんで不思議そうにながめている。
僕は少しレモンを絞って、ソースをつけずにそのまま食べた。
うん。懐かしい味がする。魚の味をしっかりと味わいたいから単純に塩と胡椒だけで味をつけた。魚の身から甘みも感じられて、ふっくらした仕上がりのフライは本当に美味しい。
フェルも一口食べてうっとりしている。
美味しいよね。アジフライって。
「私はソースを少しつけた方が好きだな。だがつけすぎるとソースの味しかしなさそうだ。加減してつけるのが良いと思う」
「あらかじめしっかりめに味付けしておくんだ。このアジは特に油が乗っていてそのままでも美味しいからね。下味をつけなくても良いんだけど、こういう単純な味付けもいいでしょう?」
「うむ。大抵の料理は後からソースで味をつけることが多いからな。素材の味というのか。それが感じられるから良いな」
「こっちのイカのフライも同じように味付けしてるからお好みでソースをつけて食べてね。イカはどうだろうな。しっかり火が通ってるかな」
生焼けだと少し生臭くなってしまうし、火が入りすぎると固くなる。魚の料理は火加減が難しい。
イカのフライは少し火が通り過ぎているような気がしたけど、充分においしい。切り身だったから鮮度がイマイチわからなかったけど、いいイカだ。包丁で切り込みを入れなくても良かったかもな。
食べやすくするために切り身には少し包丁で切れ目を入れていた。
「これはしかしご飯に合うな。お米と一緒に食べるととまらないぞ」
フェルが口にご飯を頬張りながら言う。
あんまり食べすぎると夕ご飯食べられなくなるよ。
冒険者たちが静かだ。
もっと大騒ぎすると思ってた。
向こうを見るとみんな驚いた顔をしていた。なんかみんな止まってる。
最初に言葉を発したのはザックだった。
「ケイ……こんなの食べたことないぜ。驚いてみんな黙っちまった。良いのか?こんな美味いもの食べさせてもらって」
「食べたいって言ったのザックじゃないか。今回は特によくできただけで、いつもこんなんじゃないと思うよ。お酒のツマミにもなると思うけど……どう?」
「酒を飲むのも忘れてたぜ。魚ってこんな美味いもんなんだな」
「領都の人たちはお魚は食べないの?」
「まあ、肉とかと比べてやっぱり少し割高になるからな。もっと大量に入ってくりゃ値段も下がるかも知んねーが、屋台で出す店もそんなにないだろ。食堂、っていうか、俺たちが普段、馬鹿騒ぎするようなところより少し高級な店とかで食うもんだ。冒険者はあんまり食べないんじゃねーかな」
そうなんだ。でもおっちゃんのところではだいぶ安かったけどな。もしかして結構値引きしてくれた?
「試食が終わったら適当になんか作るからさ、量が足りないかもしれないけど我慢して。他にもいろいろ美味しそうな食材買って来てるんだ」
「まじか。あんまり無理しなくていいからな。そうだ。材料費いくら払えば良い?」
材料費は別に要らなかったけど、そうなると向こうも遠慮しちゃうかもしれない。
「とりあえず銅貨3枚みんなから集めといて。それで充分だし、そんなに高い食材使ってないから」
残りのアジフライを味わって食べて、フェルに洗い物を任せたらまだ残ってる食材を調理していく。
ラッセルさんが来るまでまだ時間はあるだろう。
それにセシル婆さんのところで買った食材も気になる。
油も勿体無いし、今日は揚げ物尽くしだ。
揚げてみよう。今日のテーマをそう定める。失敗しちゃってもいいやくらいの気持ちでいる。
レタスとか、キャベツとか普段は揚げようと思わない葉物野菜まで揚げ物にしてみる。
葉物野菜は結果的に大失敗。
少しだけ残った魚の生臭さを吸ってしまって、どうしようもない。
1、2枚揚げたところで中止。
順番かな。中華料理で油通しっていうのもあるから、全く駄目だってことはないはず。
でも新しく揚げ油を用意するのはやめた。そこまで大掛かりにしたくない。
魚を油で揚げるとしたらそれ用の油を用意するか、または、困らないような揚げ物のメニューを作る必要があると思う。
失敗から学ぶことも大きい。
今はとにかくたくさんいい失敗をするべきだって、最近は思ってる。
ここは王都のように師匠やみんなに守られているわけではないけれど、少なくても信じていいと思う。
間違っていたら誰かが正せばいい話だと言った師匠の言葉を。
怖がって無難なものを作るより、やってみて失敗した方がいい。
認められるほど経験なんか積んでない。僕なんて田舎出身の、たまたま実家が食堂をやってただけの若造だ。
幸か不幸か、葉物野菜が生臭さを吸ってくれたおかげでナスを揚げたらこれがうまく出来た。フライと素揚げ両方挙げてみたけど、素材がいいから素揚げが美味しい。
揚げ浸しにしたら美味しいんだろうな。
そう思っても出汁がない。
とりあえず塩で食べてもらおう。
ナスが好きなフェルは揚げたそばからぱくぱく食べていく。
秋茄子は嫁に食わすな。なんかそういうのあったよね。
確か体が冷えちゃうからダメなんだってことだと思う。流産しちゃうから気をつけて、みたいな格言?そんな記憶がある。
嫁じゃないし、……子供が産まれるようなこともしてないし……。
良いのだ。うちの嫁はよくナス食う嫁なのだ。
そんな感じで料理を作ってたら仕事が終わったラッセルさんが来た。
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