第227話 紅茶

 227 紅茶


 食事を済ませて厨房にフェルと一緒に行く。

 フェルが厨房でいろいろ勉強したいと言い出した。

 フェルもフェルなりに今日の営業で、気になることがあったみたいだ。

 厨房の人を捕まえて何やら教わっている。


 なんだよ。僕に聞いてくれればいいのに。ちょっと嫉妬する。


 スティーブさんにご飯に合う料理を教えて欲しいと言われていくつか説明する。


 どんぶりとはどういうものかという話になったので親子丼を作ることにした。


 どんぶりって究極言えば出汁に味付けして、具材入れて煮込んだものをご飯に乗っければ完成してしまう。

 自由な発想でどんなどんぶりでも作れることは前もって説明をして、実際に親子丼を作ってみる。


 卵の使い方にスティーブさんはとても驚いていた。

 出汁と混ざり合った半熟の卵の美味しさに感動してくれた。

 仕上げの卵は2回に分けて入れる。

 いっぺんに全部入れてしまうと火の通りにムラができてしまうからだ。


 鶏肉の扱いに関してはあえていうことは特に無い。むしろスティーブさんの鶏肉の処理の仕方は僕も勉強になった。


 仕込みも終わって部屋に戻る。


「フェルはいいの?こんな風になりゆきで屋台を始めちゃって、もっと観光とか、遊びに行きたいとか無いの?」


 お揃いのエプロンに刺繍するフェルにそう聞いてみた。

 フェルは少し驚いた顔になったけどすぐに柔らかく僕に微笑んだ。


「私は……こうして2人で屋台をやるのが今すごく楽しいぞ。ケイと一緒に悩んだり、焦ったりしながら何かひとつの事を成し遂げるのが嬉しいのだ」


 お茶でも淹れようとフェルが立ち上がる。

 僕はカップを用意するためにマジックバッグを取りにいった。


 部屋に備え付けのひとつしかないコンロにやかんを乗せてお湯を沸かすフェルのそばにマグカップと紅茶用のポットを置いた。


「ほらな。ケイは当たり前のようにそういうことができてしまう。私がどうするか、その先を見て私のために動いてくれる」


 そう言ってフェルが微笑む。


「私もそういう風になりたいのだ。それが2人で協力し合うってことであろう?だからさっき厨房の人に少し仕事のやり方を教わっていたのだ。今ひとつ私の説明が足りず教えてくれた人には少し苦労をかけてしまったが」


 お湯の沸く間、どちらかともなく手を繋いだ。なんだかこうしてると気持ちが伝わる気がしてそうしてた。


 マグカップに入れた紅茶をそれぞれ持って小さなテーブルに腰掛ける。


「それに特に行きたいと思うところも無いのだ。休みの日でも私はケイのそばにいれたら良い」


 そのあと少し作業を続けて、明日のために早めにベッドに横になった。


 次の日の朝食は2人ともパンを頼み、早起きした分、コーヒーをゆっくり飲んで市場に向かった。


 魚屋のおっちゃんの店に行き、たくさんのお客さんと一緒に魚をみる。

 どうしようかな。

 鮮度やこの地方の旬はよくわからないからここは食べたいもので選ぶことにする。


「おっちゃん!」


「お、久しぶり、でもねえか。婆さんのとこの野菜買ってるの見てたぜ。何か買ってくかい?」


「屋台が終わったら魚を自分で料理して勉強しようと思って。おっちゃんエビは無いの?」


「すまんな。エビは今日はあまり入ってこなかったんだ。店におろすのだけで全部だ。それでも足りなくて何軒かには謝るしかねーんだけど」


「エビは今度にするよ。じゃあアジを5尾、そこの……イカで良いの?切り身をひとつ。あとタコってある?」


「どんくらい欲しい?結構でかいぞ」


「切ってくれるの?そしたらイカの切り身と同じぐらいちょうだい」


「そんだけか?銅貨10枚で良いぞ」


「また明日も買いにくるから、とりあえず今日はこれだけ。明日は何かおっちゃんのオススメを教えてよ。いろんな料理を作ってみたいんだ」


「お安いご用だ。良いやつ目星付けとくからな。今持ってくんだよな、入れ物はどうする?」


「この箱に氷ごと入れてくれる?保温の箱だから昼過ぎまで持つと思う」


「よしちょっと待ってろ」


 おっちゃんにお金と箱を渡す。

 魚を受け取ってセシル婆さんの店に移動した。


 ずいぶん安いんだなってこの時は思ったたけど、後になって魚の値段の相場を知ってかなり安くしてくれていたことに気づいた。

 後になってそのことをおっちゃんに言ったら「うちの店の食材を使って練習する若い料理人への先行投資だ」そう言われた。


 セシル婆さんにあらかじめ伝えておいた分と、昨日の分よりさらに追加することになったことを伝えて、追加の野菜と思いついためぼしいものをカゴに入れていく。

 会計をお願いしたら、なかなか良い目をしてんじゃないかとセシル婆さんに褒められた。


 ゴードンさんとかにいろいろ教わってるもんな。それに中央の朝市を歩けばみんないいものを僕に見せびらかすように売りつけてくるようになっちゃったし。まあ、いつも結局買っちゃうからだと思うけど。


 この部分の葉っぱがしっかりしてるやつは甘味があって美味いんだ、とか言って新鮮なトマトとか売りつけてくるんだ。

 実際美味しいから困ってしまう。


 お肉とパンを受け取りにいく。マリーさんには捨てちゃうような部分があるか聞いて、鶏の軟骨をタダでもらった。それからパン屋のおばさんに売れ残りのパンはないか聞いて昨日のパンを安く譲ってもらう。


 不思議そうに2人とも僕の顔を見ていたけど、これが美味しい料理になるんだと説明した。


 屋台の準備を始め出すと営業は何時からか聞いてくる人たちがちらほらやってくる。

 噂を聞いて買いに来たんだとみんなが言う。全部完売するといいな。


 昨日買った机をつなげて食材などを置いていく。ちょっと準備をフェルに任せて道具屋さんに向かった。

 魚を捌くためのまな板を買いたかったのだ。

 屋台のためのまな板に匂いがつくのは避けたかった。


 戻って来て仕込みを始める。


 フェルが挽肉を丸くおにぎりのようにしてくれて、それを僕が空気を抜いて整形する。

 このやり方はとてもうまく行った。

 おかげで350個のハンバーグはすぐに作れた。


 作ったパテはたくさん用意したバットに並べて、屋台の下の収納にしまう。氷も入れて温度が上がらないようにしておく。


 もしも屋台を始めるとしたらここに小さな保冷庫が欲しいな。本格的に屋台を始めるとしたらいろいろ初期投資が必要だろう。

 お金を貯めなくては。


 トマトは直前に切ることにしてるのでレタスとタマネギの用意をすればだいたい準備は完成だ。

 フェルと水場に行って手を洗う。


「お待たせしましたー開店しまーす」


 僕が大声でそう言ってフェルが準備中の布を外せばお客さんが徐々に集まってくる。


 ハンバーグを鉄板で6つ、フライパンで4つ焼いていく。

 2つあるフライパンは1個は強火、もう1個は弱火にして使うことにした。


 普段からよく使う、ガンツにもらった厚手のフライパンでハンバーグを最初に表面を焼いて、弱火で芯まで火を入れていく時には隣のフライパンに移すことにした。

 厚手のフライパンの良いところは肉を焼いても温度が下がりにくいってことだ。

 鉄板の感覚に近いから前にガンツに作ってとおねだりしてハンバーグを焼く練習をする時によく使った。

 あの時は毎晩ハンバーグを焼いてた気がする。

 だって肉の焼ける音を聞けって言われてもよくわからなかったから。

 

 少し面倒かと思うけど、お肉の焼き加減の管理がこの方がしやすい。

 効率よく焼けるようになったから昨日よりお客さんをお待たせすることなくどんどん売れていく。


 ザックが新人の冒険者を連れてハンバーガーを買いに来た。

 他にも知らない冒険者が2人ほど一緒に来てる。


 俺のは後でいいぞと言い残してザックは椅子を取りに行った。

 良いのかな?店の裏に勝手に持って来て。


 出来上がったハンバーガーを店の裏で待ってるザックたちに渡して屋台に戻る。

 美味しい!と声が聞こえるけど振り向く余裕は無かった。


 3時過ぎに昨日100個追加したはずなのに今日も売り切れた。

 フェルとハイタッチをする。

 洗い物はフェルがやってくれるそうなので市場で買って来たお魚を調理する準備を始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 


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