第226話 無口
226 無口
「……どうも」
その大きな体格からは想像できない小さな声でラッセルさんが言う。
………。
そして僕との間に沈黙が続く。どうしよう。何を話せばいいの?
それを見ていたザックがすかさず間に入ってくれた。
「ごめんな。ラッセルはこういう奴なんだ。こいつがどうもって言っただけでもお前かなりラッセルに感謝されてるぜ。こいつが何か言葉を話すってことはあんまりないからな。笑っちまうけどこういう奴なんだ」
ラッセルさんは無口な人みたいだ。
「料理……美味かった。……また、食べたい……」
そう言い出したラッセルさんにザックが一番驚いていた。ラッセル、お前喋れたのかって顔だ。
「……あ、あーケイ?た、たぶんだけどな。ラッセルはお前の料理を残しておいて欲しいって言いたいんだと……思う」
ザックがそう言うとラッセルさんが頷く。
「やっぱりそうなんだな?ラッセル。解ったぜ。あのな?ラッセルはこういう奴だからパーティでやってくのが難しくてな、ソロで冒険者をやってるんだ。こう見えて、いや見たまんまだけどな、決して弱いわけじゃないんだ」
ラッセルさんがどんな武器を使うかは知らないけど、確かに僕だと秒殺だろう。
だってザックよりも2回りくらい体が大きい。
「そんでな。ラッセルは魔の森で薬草採取の仕事をやってるんだ。その薬草が生えてあるところってのが、コイツが言うには森のかなり深いところらしくてな。時々門の空いてる時間に帰って来れないこともあるくらいなんだ。だからケイが屋台をやってる時間に間に合わないから取り置いて欲しいっていうことらしい」
ザックからそう言われてラッセルさんを見るとペコっと僕におじきをしてくる。
「そんなの全然構わないけど、いつまでも待てるわけじゃないよ。それにどうせなら作りたてを食べて欲しいって思うし。たとえば……そうだな」
屋台の営業が終わったあと、領都の食材で試作した料理をフェルと食べることも考えたら……。
「18時の閉門時間までなら屋台を片付けるのを待っても良いよ。それをもし過ぎちゃったら冒険者ギルドに作ったやつを預けるって言うのはどう?実は僕も屋台の営業が終わったら領都で手に入る食材でいろんな料理を作ってみたいと思ってるんだ。いろいろと食材の勉強したいから。だけど急いで帰ってくる必要は無いよ。僕の母親は薬師だったんだ。森の奥にある薬草を採りに行くことがどれだけ大変かってなんとなくはわかってる。焦らずに安全に帰ってきて欲しいんだ」
ラッセルさんは途端に嬉しそうな顔になる。無骨な外見に似合わず意外とその表情は可愛かった。
「ラッセル。良かったな。1個でいいのか?ん?2個か?」
ラッセルさんはザックの言葉に一度首を振ってから頷いた。
2個ってことらしい。
「ラッセルさん。毎日おんなじ料理でもいいの?」
ラッセルさんは静かに頷く。
とはいえ何か考えてあげよう。2個あるうちのひとつは何か日替わりの味にしてみてもいいし。
「ラッセルがいつも薬草を安定して持って来てるから領都はポーションに困らないんだ。俺たち冒険者だけじゃなく街の人たちもみんなラッセルの仕事に感謝してる。コイツは酒が飲めねー代わりに美味いものに目がなくてな。ワガママを聞いてくれて助かるぜ。でもいいのか?屋台の営業はいつもこの時間くらいに終わっちまうんじゃねーのか?」
「ちょうど料理の勉強がしたくってさ、領都の市場って王都に無いいろんな食材が売っているんだよ。それを使って何か作ってみたいんだけど、その度に宿の厨房を借りるとちょっと肩身が狭いっていうか、厨房の人たちにも気を使わせちゃうし、屋台の営業が終わったらここで何か料理を試作してみようかって思ってたんだ。だから暗くなるまでなら平気だよ」
「へー。確かにこの街のメシは美味いからな。そうか、食材も王都とは違うのか。なるほどね。なあ、その試作の料理って俺にも食わしてくんねーか?だいたいこの時間には今の受けてる依頼も終わるからさ。もちろん材料費も払うぜ」
少し悪い顔でそう言うザックは無視することにして。
材料費はともかく、いろんな人の意見を聞けるのはいいかもしれない。
屋台の売り上げも順調だし、儲かったお金をこの街に還元していけるのもいいと思った。
ザックの提案を喜んで歓迎して、他にも食べたい人がいるなら誘ってきて欲しいと伝えた。
あんまりいっぱい来過ぎても困るけど、まあなんとかなるだろう。
炊き出しの日の夜みたいなものだ。
王都の冒険者たちは適当にツマミとして料理を出せば勝手にやってるし、実際そこで思いついた料理だっていくつか形になったものだってある。
酒のツマミだけど。
ザックとラッセルさんと話をしながらいつもよりのんびり後片付けをする。
2人には僕が作った中級ポーションをいくつか渡した。素材さえあればいくらでも作れるから遠慮なく使って欲しいと言葉を添えた。ザックも新人たちの怪我を気にしていたみたいだから2人とも喜んで受け取ってくれた。
商業ギルドに屋台を返して、明日の仕入れの変更をお願いしに行く。
今の僕に作れる限界の量を考えて、明日は350個パンを発注することにした。
パン屋のおばさんは少し考えて、200個は朝に先に渡すことにして昼過ぎに追加の150個を配達するのはどうかと提案してくれた。
どうせなら焼きたてのほうが美味しいし、おばさんも最近トビーのホットドッグの売れ行きが良いから、午後に追加のパン持っていくことにしていたらしい。僕のパンはそのついでに持ってきてくれるそうだ。
その方がお店としても助かると言われる。
パンの発注を済ませたらマリーさんの肉屋に明日の分の量を伝えた。
夕暮れの領都の街灯に次々と火が灯る。
王都ほど数が多いわけではないけれど、だいぶ暗くなってきた中央の大通りは街灯と両端に並ぶ屋台からのあかりでやさしく照らされている。
忙しく夜の営業を始める屋台の店を眺めながら宿に戻った。
フェルは先にお風呂に入りに行き、僕はノートに今日の売り上げと仕入れや準備に使ったお金をまとめる。
ハンバーガーの原価はだいたい銅貨3枚弱。今日は銅貨2と鉄貨5ってところだ。仕入れ値は毎日違うからだいたいの値段になってしまう。
他にも経費はかかっているし、ざっくり計算すると250個売ったから銀貨7枚半。もう少しいくかな。でもまあこれなら妥当なところかもしれない。
明日はもう100個増えるけど、ピークの時間さえ過ぎればあとはのんびり売れば良いと思っている。
今の所は売れ切れて終わっているから良いけれど、材料が余ってしまったらどうしようか。保冷庫とか宿で貸してもらうのもちょっとな。あんまり保冷庫の場所をとるのは良くないだろうし、何か考えておこう。
今は珍しいから売れてるけどそのうちある程度の数に落ち着くはずだ。
そうなってからが多分本当にお店としてどうなのかが試される。
あれこれ用意した物があるし、ガンツに作ってもらった物の代金を考えると今の所儲けは出ていない。
屋台のレンタルの料金と商業ギルドの登録料もあるから、今の所順調だとはいえ気を抜かず明日からも頑張っていこうと思った。
問題はいつ店を休みにするのが良いかだな。他の屋台の人はどうしてるんだろう。
フェルと交代で僕もお風呂に入り、湯船に浸かりながら今後の領都での過ごし方を考えた。
ガンツの部屋をノックしたけど返事はなかった。まだ帰っていないみたいだ。
下に降りたらお弟子さんたち2人が夕食を食べていたので同席して一緒にご飯を食べた。
ガンツは今日は遅くなるか、泊まりになるかもしれないみたいなことをお弟子さんから聞く。
ちょっと急ぎでやらなくてはならない仕事ができたのだそうだ。
お風呂の工事は明後日から始まるみたい。だいたい1週間くらいかかるそうだ。
お弟子さんたちは工房でガンツの登録した魔道具の作り方をこっちの職人に教えているらしい。
難しいものはガンツにしか教えられないけれど、意外に簡単な所が設計図ではわからなくて困ってしまうことが多いらしい。
こっちの鍛治師の腕が悪いということでは決してないみたいだ。その行き詰まっている細かいところを確認すればすぐに作れるようになってしまうので、仕事自体は楽なんだそうだ。
明日は商業ギルドの職員も交えてもっとわかりやすく技術を広めていくにはどうしたらいいか考える会議があるらしい。
食べ終わったらお弟子さんたちは部屋に戻って行った。
今日の夕食には魚介のリゾットがあった。さっそく注文する。さすがだスティーブさん。これはもうスティーブさんにしか作れない。
魚介のいろんな旨みが凝縮されてすごく美味しい。
あんな逃げた感じで出汁のことを説明したのに、もう理解して自分のものにしている。港町で育ったって言ってたな。
帰る前に一度行ってみたい。
でも馬車が必要だよね。しかもたぶん一泊しなきゃいけないよね。
2週間という期間が急に中途半端な感じがしてきた。
港町で海鮮の屋台をやってみたらどうなるんだろ、とか、朝市ってどういう感じかなとか。
料理のことを考えるのは楽しい。
思いついたことをじゃあ全部やってみようと思うと2週間じゃとても足りない。
でもまずは屋台のことをしっかりやろう。半端なことをしてたら、帰ったら師匠に怒られてしまう。
明日の仕込みのためにご飯を食べたら宿の厨房に向かう。
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