第225話 秒殺

 225 秒殺


「王都名物小熊亭のハンバーグ。期間限定で販売だ!銅貨6枚。領都で食べられるのはこの店だけだぞー」


 フェルが呼び込みを頑張ってくれている。少し口調が固いけど頑張ってくれてるのがよくわかる。


 フェルがお客さんを呼び込んでくれると信じて僕はハンバーグを焼き始めた。


「ケイ!やったぞ、お客さんだ!私はパンを焼く準備をするから対応してくれ」


 顔を上げるとお客さんが4人も来てる。


「いらっしゃいませ!ひとつ銅貨6枚です。何個お求めですか?」


 お客さんに注文の数を聞いて番号札を渡し、出来上がったら声をかけることを伝える。

 それまでお茶を飲んで待っていて欲しいと言ってお茶を入れるコップを渡した。


 なかなかスタートとしてはいいんじゃないだろうか。そのあとも次々とお客さんがやって来て予約の札がどんどんなくなっていく。

 

 代金は先に払ってもらうことにしていて、今の所は番号で呼び出しても受け取りに来なかったりする人もいない。

 

 順調なのかな。どうなんだろ。


「お兄さん。これすごく美味しいわね。王都の名物って言ってたけどどこのお店?」


 仕事の休憩中に買いに来てくれたのだろうか、年配の女の人が声をかけてくれる。


「ありがとうございます!南区にある小熊亭ってところの名物料理です。お店のハンバーグはもっと美味しいですよ。機会があればぜひ食べに来てください」


 勝手にこんなことしてあとで師匠に怒られなければ良いけれど。

 

 まあ、宣伝にもなる、そういうことにしよう。


 でも、師匠はきっと中途半端な仕事はするなって言いそう。

 怒られるとしたらそこだと思う。

 勝手に店の名前を出すことよりも、店の名前で適当な料理を作るんじゃねーって怒られると思う。


 その時はたぶん……高い確率でぶん殴られる。


 気を抜かず、ひとつひとつ丁寧に仕上げよう。


 お客さんの対応をしながら10個以上のハンバーグを同時に焼いていくのは実はそんなに苦労しない。


 普段は一度に20個近くを焼きながら他の料理も作っているのだ。

 最近の小熊亭は忙しい。

 黙々とハンバーグだけ焼いてる日もある。


 そんな仕事が続くとロイがもう嫌だと言い出す気持ちもわからなくはない。

 ロイとは時々持ち場を交代したりして気分を入れ替えたりさせてもらっている。


 ロイにも忘れずお土産を。

 ノートに書いておいた。


 まずい、予定してた50枚の番号札が無くなりそうだ。


 だいたい1時間にハンバーグは80個くらい焼ける。

 火の強いところと弱いところをうまく使い分ければ12個か13個鉄板で焼ける。

 50番目の番号札は1時間近くもお待たせすることになってしまう。

 これは良くない。


「フェル、使ってないコンロとフライパンをバッグから出して。注文が溜まって来たからいっぱい作らないと」


 フェルが机の上を整理して新しく2台コンロとフライパンを置けるようにしてくれた。


「ケイ、あとでもうひとつ机を買ってくれ。これでは作業がやりにくいぞ」


「わかったー。とにかく今日はこれで頑張ろう。マジックバッグを上手く使ってなんとかしのいで欲しい」


「了解だ。なるほどマジックバッグか、私には思いつかなかった」


 狭くなってしまった机の上を作業がしやすいようにフェルが整えてくれる。

 ハンバーガーの仕上げは今はフェルがやってる。それを受け取って最後に紙で包むのは僕だけど、もうそれも任せていいのかもしれない。本当に上手くやってくれている。


「なんだか楽しいな。ケイ」


「ありがとー。フェルが頑張ってくれてるからなんとかなってるよ」


 フェルの顔が少し赤くなる。

 小熊亭だとそんなフェルのことをずっと見てられるのにな。今日は、というかこの屋台ではそんな余裕なんて一切ない。


 ハンバーグの焼ける気配をスキルで察知できたりしないの?シド。


 そう思うくらいフライパンと鉄板では肉の焼ける音が違う。

 自分で言い出したことなんだけど、この作業、かなり難しい。


 こまめにコンロの火を調節してどんどんハンバーガーを作っていく。


「ケイ!そろそろパンが少なくなって来たぞ。あとザックが来てる」


 え?気づかなかった。見上げると目があったザックが僕に手を振った。隣に体の大きな冒険者の人?昨日言ってた人かな。


「ザックの分は足りそう?たぶん4個は食べると思うよ」


「大丈夫だろう。これから残りのお客さんの注文を聞きに行ってくる」


 素早くフェルが集まってるお客さんのところに行く。

 残りのパンの数で注文を打ち切ってくれた。


「ザックの分は大丈夫だ。食べられなかったお客さんはこれから断るしかないな」


「バッグの中に何も書いてない札があるから、並んでくれた人に配って。そしてそれ持って次に来たら銅貨1枚値引きするって言って謝ろう」


「なるほど。了解したぞ。すぐ行ってくる」


 あとできちんとそういう札を作ろう。クーポン券みたいなやつを作ればいいのだ。


 作れる量には限界があるから、在庫が切れてお断りしてしまうことはこれからもあるだろう。そういったお客さんもできる限り逃したくない。


 フェルは立て看板に準備中の布をかけて、集まってくれた人にその札を配る。

 僕は最後のハンバーガーを丁寧に仕上げて番号札を握りしめるその最後のお客さんに持って行った。


 終わった。

 

 公園にある時計を見るとまだ3時前だ。

 とにかく怒濤のような4時間だった。


「ケイ!もう今日は終わりか?忙しい時間を避けて遅めに来たんだが、売り切れちまうかと思って焦ったぜ。紹介したい奴がいるんだ。昨日話してた冒険者仲間なんだが、お前にどうしてもお礼が言いたいんだってよ。あそこにいるから手が空いたら来てくれよ」


 そう言って店の裏の方をザックが指差す。

 さっきチラッと見た体の大きな冒険者がてりやきバーガーを大事そうに少しずつ食べてる。


 少し片付けたら行くからとザックに伝えて屋台に戻る。まずはちゃんと真っ先にやらなくちゃいけないことがある。


「フェル!お疲れ様。本当っ……に!ありがとう!こんなになるなんて思わなかった。いろいろ打ち合わせていたのが全然上手くいかなくて。すごく助かった。ありがとう!」


 気にするな。そういつもの調子で言うフェルはくちびるがフニャフニャしていた。

 冷静に胸を張って、当然だみたいな感じに装っているけれど、表情までは隠し切れてない。


 抱きしめたくなるのを堪えて簡単に後片付けをした。

 マジックバッグをうまく使えば後片付けもかなり楽に出来る。

 片付けをしていてふと思いついた。


 この屋台で市場で買った食材を調理できないかな?


 新しい食材に触れたい。

 食べたかったもの以外でも、気になるものを試してみたい。夕食が入らなくなるかもだけど……、間違いなく勉強になる……だろうな。これは。

 

 食欲なのか、向上心なのかはもはやよくわからない。

 せっかく領都に来たのだから何かしなければと、持ち前の貧乏性が発揮されているのも解ってる。


 でもさ、あのおっちゃんのところに並んでるお魚見ちゃうと何か作りたくなってしまうよ。だって新鮮ですごく美味しそうなんだもの。


 これはフェルともきちんと相談しよう。

 一時の感情だけで決めてはいけない。

 共同経営者なんだから。


 屋台の営業が終わったあと、少し自分が作りたいものを作る時間があってもいいかなって思ったんだ。

 でもフェルはダメだって言わないだろう。美味しいものが食べられるのだろう?やったら良いではないか。とか言うんだろうな。

 

 よくないよね。こういう風に考えるの。

 自分の趣味にフェルを付き合わせちゃうことになっちゃう。


「何を言うのだ。やってみれば良いではないか。美味しいものが食べられるのだろう?ケイがやりたいと思うのなら私はそれを応援するぞ」


 ……やっぱり。

 

 素直に自分の気持ちを話したら、秒殺だった。


 屋台を休みにする日はフェルとこの領都をデートしよう。

 そう自分に言い聞かせて罪悪感を誤魔化す。


 後片付けもだいたい終わった。

 ザックのところに急ごう。


 

 

 








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