第229話 反撃
229 反撃
「ラッセルさん。おかえり。今日は大丈夫だった?僕の父も母も昔、山で死んじゃったから、心配してたんだ。待っててね。すぐ作るから」
そう言ってラッセルさんに冷たい麦茶を渡すと美味しそうに飲み干した。
出来上がったばかりの照り焼きバーガーを油紙に包んで渡す。
すると代金と一緒にラッセルさんは僕に薬草の束を渡してきた。
「え?これ依頼の分じゃないの?僕に?って、ちょ、ちょっと待ってこれすごい鮮度がいいじゃん。僕にはこんな採取の仕方できないよ」
僕がその薬草を見て驚いている様子を見て、ラッセルさんは優しく微笑む。
ありがとうと言ったつもりなのか、ラッセルさんは片手をあげて僕に挨拶をして帰って行った。
結局一言も喋んなかったな。
「なんだよお前、ラッセルにずいぶん気に入られたな。ずいぶん仲良さそうにしてたじゃねーか。これ多分遠回りしてお前のために取ってきたんだぜ。なんか誰にも教えない穴場があるんだそうだ。普通の薬草とかと比べてそこで採れるやつは全然モノがいいらしいぞ」
ザックにはそう見えるのか。ラッセルさん一言も話さなかったけど。
「これ新鮮なうちにポーションにしちゃった方がいいよね。こんなみずみずしい薬草見たことないよ。家庭菜園で育てた薬草だってこんな風にならなかった」
「ラッセルは森にはかなり詳しいからな。あいつとはたまに依頼で森に入ったりするんだが、楽なんだよな。調査の依頼とか迷いもせずその場所まで連れてってくれるんだ。ここに来た最初の頃は俺もいろいろ1人で依頼を受けてたりしたからな。案内役でついてもらったりしてたんだ」
ザックと話をしながらポーションを作っていく。
僕が手際よく沸騰した鍋に薬草を入れていくのを見てザックが笑う。
「こうしてると料理してるようにしか見えねーな。ポーションってもっとちゃんとした道具がねーと作れないんじゃないのか?」
「実際はスープを作るのとそんなにやり方は変わらないんだ。毒消しの薬とかは別で抽出することがあるけど、ポーションだけなら最近は面倒だからこうやって作ってる。ちゃんと薬師ギルドにだって認められた作り方なんだよ」
少しドヤ顔でそう言うとザックが呆れた顔になる。
「便利なやつだなー、もうポーション作るだけで生活できるだろ」
「そんなの退屈で死んじゃうよ。実際田舎でそういう風に暮らしていくのかなって思った時期もあったけど、まあ、いろいろ事情もあってね。田舎を出て王都で料理人になることにしたんだ」
ポーションはフェルがいなければ王都に来てまで作ろうと思わなかったかもしれない。
作りすぎちゃって炊き出しに来る冒険者に配ったことがきっかけで薬師ギルドに登録する羽目になってしまった。
このやり方が普通のやり方じゃないことはその時初めて知ったけど。
だけど美味しいスープの作り方と、よく効くポーションの作り方はよく似ているのだ。
出来上がったポーションは見たこともない澄んだ色に仕上がった。
これって……、鑑定したらどうなっちゃうんだろ。
嫌な予感がしたので、出来上がったポーションはみんなに全部配ってしまう。
とにかくいろんな人に配ってと渡した冒険者にお願いする。
こんなのヤバすぎて市場になんて出せないよ。絶対騒ぎになる。
一本だけ手元に残した。
この屋台の元々の主である今腰を痛めて休んでいるおじいさんに飲んで欲しかったのだ。
多分マリアさんに渡せばうまくやってくれるだろう。
いつの間にかフェルは冒険者に混じって僕の作る料理を食べていた。
食べてるだけじゃなくてお酒を注いだり、空いてる皿を片付けたり、なんかいろいろやってくれているのがわかった。
最近フェルは少し変わった。
どういう風にとか、うまく言葉で説明出来ないんだけど、普段なら冒険者たちと今度一緒に依頼を受けようとかそんな話をしていたと思う。今日はずっとみんなの話を楽しそうに聞いているだけだ。
簡単に昆布だけでとった出汁で作った茄子の揚げ浸し。それから残りのタコの唐揚げで今日の料理はおしまいだ。
みんなが食べやすいように大皿に盛る以外に、ナスは小皿に持ってフェルに渡してあげた。その方がフェルも遠慮しなくていいだろう。
フェルが途端に嬉しそうな顔になったから僕もなんだか幸せな気分になる。
後片付けをしているとトビーが改良したホットドッグを持ってきた。
ケチャップがちゃんとしてる。
食べてみるとマルコさんのトマトソースの味がした。
多分きちんとレシピ通りに作られてるのだと思う。すごいなトビー。
そのことを素直に褒めるとトビーは照れくさそうに笑った。かなり何度も作り直して頑張ったみたい。
だけどこれだと原価がかかりすぎるだろうと思って、うちの店のレシピをアレンジしたケチャップの作り方を教える。
いくつかの香草を省いて、作り方を工夫することで完成した僕の貧乏レシピだけど、作り方は丁寧に紙に書いて渡した。
はじめから教えてあげたほうがいいのだけど、レシピの権利がどうなってるのかよくわからない。大元のレシピをトビーはもう手に入れてるわけだからそれをアレンジしたものを教えても問題はないと思う。
権利かー。ガンツに聞いても料理のことまではわからないよね。
王都に帰ったら少しずつ調べてみよう。
誰かに教わりたいんだけど、どうだろな。サンドラ姉さんとかかな。
師匠に直接聞く勇気がないのは置いておく。
集まったみんなに挨拶をして屋台を戻しに商業ギルドに行く。
今日の売り上げを持ってカウンターに行き、マリアさんを呼び出す。
売り上げの入金と、出来上がったヤバいポーションをマリアさんに渡した。
マリアさんは驚いていたけど、帰りにでも串焼き屋のおじいさんに渡しに行くと言ってくれた。
今日も完売できたから、明日はもう少し作る量を増やすことにする。
400個。全部売れたら銀貨12枚か13枚。
ちょうどこれくらいが僕とフェル2人だけで作れる量の限界だと思っている。
帰りにエドさんの屋台に寄って果実水を買う。
果物を魔法で凍らせるやり方を話したら論文を書けと言われる。
サンドラ姉さんもだけどこんな簡単なことで論文を書く必要なんてないのにな。
果物を凍らすには果物の水分に魔力で干渉すればいい。その水分の温度を下げるイメージさえできていればたぶん魔法使いなら誰にでも出来るんじゃないだろうか。
宿に戻って果実水を飲みながら今日の帳簿をつける。
しばらくしたらノックの音がしてガンツが迎えに来た。
ガンツに今日あった出来事を話しながら夕食を食べる。
あれだけ屋台で食べたのにフェルは夕飯を残さずペロリとたいらげた。
ガンツは明日時間ができたら食べにくると言ってくれた。
売りきれないうちに寄ってねとガンツに伝えた。
今日の厨房のお料理教室は丼ものにした。
余った食材を見せてもらって炊き上がったお米を使いいくつかの種類を作った。
定番の親子丼。酢飯にして海鮮のどんぶり。生姜焼き丼も作った。
ホテルの厨房で作る料理ではないかもしれないけれど、紹介しておいた方がいい気がしたのだ。
支配人は親子丼を気に入っておかわりをした。
チェスターさんちの鶏肉が手に入ったらきっととてつもなく美味しい親子丼が作れると思う。
そのあと仕込みの作業を進めながらスティーブさんに醤油の使い方の詳しい説明をした。
お酒、みりん、お砂糖と醤油。全ておんなじ量を混ぜれば基本の味付けが出来る。
塩気が足りなければ醤油の量を増やして、逆に濃すぎるなら出汁で割ればいい。
混ぜ込んだ調味料を一煮立ちさせたものをスティーブさんが味見して納得していた。
スティーブさんには圧倒的な経験と知識があるから基本的な考え方さえつかめたら僕なんかよりもっと素晴らしい味に仕上げることができると思う。
悔しいけれど僕はまだその段階にはいない。どうしても知識に頼ってしまって新しい味を作ろうという考え方に至らないんだ。
僕もいろんな料理を食べて勉強しないとな。
必要な経費だと思って毎日屋台の料理をひとつずつ食べていくのも悪くないかもしれない。
継ぎ足しの照り焼きソースとマヨネーズを作って、明日の準備はおしまい。
もっと準備しておければいいんだけど、今のところ出来ることがない。
手間を省くために味を落とすようなことはしたくなかった。
フェルが今日やったことをノートにつけている。
「ケイがやっているようなことを私もしてみようと思うのだ」
見せて欲しいとお願いしたけどダメだった。でも楽しそうに書いているから、なんだかみていて幸せな気持ちになる。
不意を突いてそんなフェルに素早く口付けする。
怒ったフェルから濃厚な反撃をされた。
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